清姫の正体は、古事記の女神だった

実は女性が蛇となって男を追い回すストーリーは、日本最古の歴史書『古事記』に原型があり、歴史は古い。

例えば日本の国土を産んだイザナギとイザナミの夫婦神の伝説――。

イザナミは火の神であるヒノカグツチを生んだ際に、女性器に大火傷を負って死んでしまった。夫のイザナギは妻に会いたい一心で、黄泉の国を訪れた。そこで再会を果たしたイザナミは、「地上に戻れるかを黄泉の神々と相談するから、その間は絶対に自分を見てはいけない」といった。だが、イザナギはつい妻を見てしまった。そこには腐敗した姿があった。

イザナギは仰天して逃げ出した。「見るな」との約束を反故にされたイザナミは、怒って夫を追いかけた。イザナギは黄泉の国から出ると、入り口を岩で塞ぎ難を逃れた。

さらにイザナミの伝説は、のちにヒナガヒメの逸話に受け継がれ、同じく『古事記』に登場する。

ヒナガヒメは第11代・垂仁天皇の第一皇子・ホムツワケノミコトと契りを結んだ女性だが、その際に実は蛇身であったことが露見してしまう。女の正体が蛇であることに驚き、ホムツワケは逃げた。恥をかかされたヒナガヒメは逆上し、荒れる海を渡って追跡した。ホムツワケは命からがら逃げおおせた。

波打つ海をものともせず男を追う姿は、激流の日高川を渡る清姫とそっくりである。こうした類似から、複数の民俗学者が清姫の原型をイザナミとヒナガヒメに求めている。

和漢百物語清姫
画像=国立国会図書館所蔵
慶応元年(1865)、『和漢百物語』に登場する清姫は、何ともおどろおどろしい。幕末にも高い関心を持たれていたとわかる。月岡芳年画。

だから伝説は紀州で甦った

気になるのは、『古事記』の神話が『大日本国法華験記』などを経て、なぜ紀州で甦ったのかだ。他の地域で再生されても良かったはずなのに、どうして和歌山だったのか。

実は熊野には、イザナミの墓といわれる伝承地がある。現在の三重県熊野市にある「花のいわや」と呼ばれる高さ70メートルの岩壁で、『日本書紀』は「遺体を紀伊国の熊野の有馬村に葬った」と記している。そう、イザナミと熊野はつながっていた。

紀伊国牟婁郡むろぐんの「むろ」という地名が関連しているのではないか、と推理する研究者もいる。「むろ」は洞穴などに「こもる」ことを意味し、そうした空間には蛇が生息している。修行僧が紀州にある「むろ」を侵してしまい蛇から襲われ、それが男女トラブルの形に変容し、伝承として残ったというのだ。

紀州に蛇を守護神とする一族がいたからではないか、との異説もある。

和歌山県日高郡に「龍神」という地名があった。現在、美肌の湯として知られる龍神温泉がある場所だ。

龍神温泉を発見したのは、伝承では修験道の開祖・役行者えんのぎょうじゃであり、その後、弘法大師空海が龍のお告げによって開湯したとされ、龍神温泉と名づけたという。だが、実はそれより以前、日高川周辺に蛇を神とした山の民=砂金の採掘民が居住しており、最初に温泉を発見したのも彼らで、そこから「蛇」が「龍」に変わり、龍神の地名が誕生した可能性も指摘されている。