独立した姿のまま、毛利の旗下にいる状態

ここまではまだいい。問題なのは、国衆と呼ばれる人々だ。熊谷氏・平賀氏・阿曽沼氏・天野氏・小早川氏・出羽氏など、安芸・備後周辺の独立した国人領主たちである。

もともとは毛利氏と対等な存在で、婚姻や「義兄弟の契約」によって同盟を結んでいた。毛利の勢力拡大に伴ってその傘下に入ったとはいえ、実態は「独立した姿のまま旗の下に加わった」にすぎない。

この層が完全に家臣化されるのは、江戸時代の萩への転封以降とされている。つまり、輝元の時代にはまだ統制しきれていなかった。実際、元就の書状には国衆の中には、“毛利氏をよかれと思っている者など1人もいない”と言い切っているものすらある(「毛利家文書」406号)。ここからは、毛利氏が本拠地である安芸ですらも、完全に統制できていなかったことがわかる。