自分の悩みを書いたことがなかった

問題は、年齢を重ねることそのものではない。若い頃にうまくいったやり方に、いつまでもしがみついてしまうことだ。

筋力や持久力は保てても、反応速度や回復力は同じではない。でもその一方で、経験は増えている。人を見る目も、物事の優先順位も、若い頃より分かるようになっている。

だとしたら、必要なのは若い頃の自分に戻ることではない。今の自分に合う戦い方に変えていくことなのではないか。

これまで僕は、自分の悩みを本に書いたことがなかった。

もちろん、悩みがなかったわけではない。ただ、それを本に書く必要があるとは思っていなかったし、人に話すこともほとんどなかった。何かにぶつかれば、自分で考え、自分で整理し、自分で解決してきた。原因を探し、仕組みにして、行動を変え、次に進む。それが、僕にとってはごく自然なやり方だった。

自分を包む「60歳の霧」

しかし、50代後半になって、これまでとは少し違う感覚が出てきた。

焦りではない。はっきりした不安でもない。ただ、見えない未来に対して、ぼんやりと何かが引っかかった。これまでのように、前だけを見て走っていればいいのか。同じやり方を続けていて、本当にいいのか。そんな問いが、ふとした瞬間に頭をよぎるようになった。

僕はそれを、「60歳の霧」と呼ぶことにした。

霧というくらいだから、そこに明確な答えがあるわけではない。こうすればいい、という正解が見えているわけでもない。ただ、これまでの自分のやり方だけでは、うまく視界が開けなくなってきた。その感覚が、確かにある。

そして、その霧に輪郭を与えたのが、ある数字だった。

日本人男性の健康寿命、72歳(2022年時点、厚生労働省)。

日常生活に制限なく過ごせる期間の平均だ。58歳の自分から見れば、あと14年ほど。もちろん平均値にすぎない。でも、その数字は十分に重かった。

自由に動ける時間は、思っていたよりずっと短い。夏はあと14回しか来ないということだ。

大げさに聞こえるかもしれないが、その瞬間、「死」という言葉が、初めて自分のこととして見えた。残りの時間を、何に使うのか。その問いが、はっきりと自分のものになった。

その問いに対する答えが、すぐに見つかったわけではない。

だからこの本は、人生後半の正解を見つけた人間が書いた本ではない。霧の中に入り、自分自身を実験台にしながら、後半戦の戦い方を組み直そうとしている人間が書いた本だ。