核放棄も全面的な譲歩も考えていなかった

これらの発言からわかるのは、トランプ政権はイランの核開発放棄、ホルムズ海峡の自由航行回復を前提としてイラン側に要求しているが、イラン側はそれらを拒否するとともに、凍結資産解放などを要求していたのである。

こうした発言を読む限り、イランは当初から核放棄も全面的な譲歩も考えていなかったことがわかる。むしろ興味深いのは、交渉が進むほど強硬派の発言が弱まるどころか、むしろ繰り返し発信されていたことだ。

通常の外交交渉では、妥協が近づけば国内向けの強硬発言が減ることが多い。だがしかし、イランでは逆だ。

交渉を続けながらも、「譲歩していない」というメッセージを国内に送り続けるのだ。

そのため外部から見ると、交渉が進展しているのか後退しているのかが極めてわかりにくくなる。

にもかかわらず、交渉そのものは決して拒否しない。そこにイラン外交の特徴がある。

通常の外交交渉では、相手の要求を受け入れる意思がある場合、一定の方向性を示すことが多い。しかし、イランは違う。まず決裂を避ける。交渉の場からは降りない。相手に希望を持たせる。しかし、決定的な言質は与えない。

そして、時間をかけながら条件を積み上げていく。

実際には何も約束していなかった

これは中東の伝統的なバザール取引にも通じる手法だ。最初から本音を見せることはない。相手がどこまで譲るかを見極めながら、自らの条件を少しずつ引き上げていく。今回のイランは、まさにその交渉術を実践していたのである。

それに対して、トランプはトランプで、独特の交渉スタイルにこだわる。

トランプの交渉術は、不動産ビジネス時代から基本的に変わっていない。交渉相手に大きな条件を先に提示する。

その上で、相手の曖昧な反応を好意的に解釈する。そして、「合意は近い」と公表する。

トランプはウソをついていた(トランプ大統領、2026年6月10日)
写真=EPA/時事通信フォト
トランプはウソをついていた(トランプ大統領、2026年6月10日)

それによって市場や世論、さらには交渉相手自身に圧力をかけるわけだ。

トランプにとって「合意は近い」という発言は、結果報告ではなく交渉手段なのである。

だが、今回の相手であるイラン側は、おそらく曖昧な表現を使いながら、実際には何も約束していなかった。トランプはそれを“前進”と解釈した。

他方、イランは「まだ何も決まっていない」と考えていた。双方とも交渉を続ける意思はあったが、同じ会話をしながら別の現実を見ていたのである。その結果として生まれたのが、トランプの数十回に及ぶ「合意は近い」という発言だった。

結果から言えば、トランプはウソをついていた。しかし、それは単なる虚言ではなく、トランプの意識としては、相手を追い込むための交渉戦術だったものと思われる。そして、イランも交渉を引き延ばしていた。今回の迷走は、双方の手法がぶつかった結果だったといえる。