歴史を繰り返さないために、何を選ぶか

目の前のヒューマノイドは、いまは「実験」だ。しかし5年後、10年後――中国の工場では、ヒューマノイドが人間の代わりに働く。米国の物流倉庫では、ヒューマノイドが24時間稼働する。日本の介護現場では、ヒューマノイドが周辺業務を担う。

その時、人間は解放されるのか。それとも仕事を失うのか。

蒸気機関が来た時、「労働者が解放される」と言われた。実際は「搾取が効率化された」。ヒューマノイドが来た時、「人間が解放される」と言われている。

歴史は繰り返すのか。繰り返さないために、私たちは何を選ばなければならないのか。マルクスは「テクノロジーが特定の社会構造の中で特定の方向に作用する」ことを見抜いた。だとすれば、ヒューマノイドが「解放」になるか「搾取」になるかは、私たちがどのような社会構造の中にヒューマノイドを置くかで決まる。それは技術の問題ではなく、政治と意思決定の問題である。

工場で働くヒューマノイド ロボット
写真=iStock.com/SweetBunFactory
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ノーベルもオッペンハイマーも同じ結論に達した

私はこの問いを抱えて、テクノロジー史を遡った。

オッペンハイマーを研究した時、ノーベルが分かった。

ガンジーを研究した時、マンデラが分かった。

彼らは全員、同じことを言っていた。

「テクノロジーは道具だ。問題は使う人間だ」

ノーベルはダイナマイトを発明し、その破壊力に苦悩した。鉱山開発と土木工事を効率化するはずだったダイナマイトが、戦場で人を殺す道具になっていく現実を見て、彼は遺言でノーベル賞を創設した。「破壊の発明者」として歴史に名を残すことへの、深い悔恨だった。

オッペンハイマーは原爆を作り、その帰結に呻吟した。マンハッタン計画を率いて広島と長崎を生んだ彼は、戦後、水爆開発に反対し、政府から追放された。「私は世界の破壊者となった」というバガヴァッド・ギーターの一節を、終生口にし続けた。

ガンジーは非暴力という「テクノロジー」を発明し、マンデラはそれを継承した。武器ではなく、座り込み、ボイコット、自己犠牲――彼らが発明したのは、巨大な帝国を倒すための非暴力の体系だった。それは物理的な技術ではないが、人間社会を変革する技術だった。

時代も場所も、技術の種類も違う彼らが、同じ結論に到達していた。「テクノロジーは道具だ。問題は使う人間だ」と。