スプートニクが変えた、人間の自己理解
「活動が成り立つのは、複数性、すなわち他者と共に同じ世界に出現することにおいてである」
――ハンナ・アーレント
20世紀の政治哲学者ハンナ・アーレントは、主著『人間の条件』(1958年)で、人間の営みを3つに分けた。生命を維持するための「労働(labor)」、世界に持続する人工物を作る「仕事(work)」、そして他者と言葉と行為を交わす「活動(action)」である。
そしてアーレントは、本書の冒頭で象徴的な事件を取り上げた。前年の1957年、ソ連が打ち上げた人類初の人工衛星スプートニクである。「人間が地球から離れた」というその出来事を、アーレントは人類史的な転換点として位置づけた。なぜなら、それは人間が初めて、自分たちが生きる場所そのものを「外から見る」ことができるようになった瞬間だったからである。
それまで人間は、世界の中で生きていた。山に登っても、海を渡っても、国家を築いても、私たちは常に世界の内部にいた。しかしスプートニク以降、人間は初めて地球そのものを観察対象として眺める視点を手に入れた。世界の中で生きる存在から、世界を外から見る存在へ――アーレントはそこに、人類の自己理解が根本から変わる兆候を見たのである。
ドローンで体験した「疎外」の感覚
私は、ドローンを操縦体験した時、このアーレントの問いを身体で理解した。
地上で操縦桿を握りながら、視点は数十メートル上空にある。家、街、国――通常の風景が、突然「俯瞰の対象」として現れる。それは美しい光景である。しかし同時に、決定的な何かが失われている。
自分自身が、その風景の中にいないのだ。
これが、アーレントが警告した「世界からの疎外(world alienation)」の核心である。世界を俯瞰する視点を得るとき、人間は世界の「中の存在」から、世界の「外の観察者」へと変質する。世界に触れる手、世界を歩く足、世界と交わす言葉――これらが、画面の中の操作対象になっていく。
そして、ドローンの先に来るのが、ヒューマノイドの遠隔操作である。VRゴーグルをつけた人間は、地上にいながら、ヒューマノイドを通じて現場に「いる」。手を伸ばし、物を掴み、コンテナの前で作業する――身体的にはそこにいるかのように振る舞う。しかし物理的には、彼はそこにいない。

