脳の空き容量を減らさないために

かつて心理学の分野では、意志力はバッテリーと同じように消耗していくものだという「自我消耗」の考え方で説明されてきました。

このモデル自体には現在も議論がありますが、少なくとも、余裕のなさが脳の働きを鈍らせるという現象そのものは、別の研究から繰り返し示されています。

経済学者のセンディル・ムッライナタンと心理学者のエルダー・シャフィールは、この現象を「帯域幅税」と呼びました。

ここで言う「帯域幅」とは、もともとコンピュータの通信容量を指す言葉です。人間に置き換えると、注意力、判断力、感情処理などに使える「脳の空き容量」ということになるでしょう。

つまり人は、何かに追われていたり、常に気を張っていたりするだけで、脳の空き容量がじわじわと削りとられてしまうのです。

精神的な余裕を失うほど、税金のように脳のリソースが自動的に差し押さえられていく。そんなイメージです。だからこそ、感情を取り戻すためには、まず脳に余白を返す必要があります。

スマホは存在しているだけで脳に悪影響

そしてその第一歩として、現代人がもっとも取り組みやすいのが、過剰な外部刺激を遮断することです。その最大の対象がスマートフォンです。

テキサス大学の研究者、エイドリアン・ワードらの研究は、極めて示唆に富む事実を明らかにしています。

それは、スマホが脳のリソースを奪うのは、操作している最中だけではないという点です。

彼らの実験では、参加者にスマホを「机の上に置く」「カバンにしまう」「別室に置く」という三つのグループに分け、認知能力を測るテストを行いました。

すると、スマホの電源が切れていても、視界にあるだけで認知テストの成績が有意に下がることが明らかになったのです。

つまりスマホは、「使っている時間」だけでなく、「使わないように意識している時間」にも脳のエネルギーを奪っている可能性があるのです。

ここでの課題は、スマホを生活から完全に排除することではありません。現代社会でそれを実行するのは、ほとんど不可能です。重要なのは、デバイスとの間に「物理的な境界線」を自ら引き直すことです。