どんな日にも必ず、一行でもいいから書く
【田中】他人から見れば大したことのない生活ですが、どんな日にも必ず書く、一行でもいいから書くというのは続けています。ですから、とりあえず机に向かうというのは大切です。書きたいことがあるから、やることやテーマが見つかっているから机に向かうのではありません。理由なんてなくていい。四の五の言わず、とにかく机に向かう。
そもそも私は書くテーマをあまり言語化しないようにしています。文学の王道と言われる19世紀の小説では、どうしても取り上げたいテーマがあって、それをどういうストーリーにしてどんな人物に何を語らせればそのテーマが読者に届くかが緻密に練られている。
いまの小説にも、そういうタイプのものはたくさんあります。社会的な問題提起や、ヒューマニズムの問題を真正面から取り上げたりとか。そういう小説は読み応えがあっておもしろいのはわかっていますが、私にはそういうものが書けません。それで、とりあえずのぼんやりしたイメージだけを頭の中に思い描きながら、とにかく机に向かい、手を動かして文章を書き綴っていく。
どんな文章になるのか、そのときになってみないとわからない。それでも一行、二行、三行と進んでいくと何かが開けてくる。私の場合は、文体がテーマに先行しています。言葉が連なっていくリズムや手触りが、書くべき内容を連れてくるという感覚です。テーマはないと言っていますが、おそらく何かはっきりとかたちにならないものくらいは浮かんでいるのです。その何かを探り掘り出していくために、文章が必要になる。自己探求で小説を書いているわけではありませんが、書く行為そのものが思考のプロセスになっています。
手を動かしながら、言葉が転がりだすのを待つ
【落合】創作に対する向き合い方は、私もほぼ同様ですね。プログラミングでもアートでも、手を動かしながら、言葉が転がり出すのを待ちます。そうしているうちに、構造が見えてくることがあるので。伝えたいことが先んじてあるわけではまったくないのも同じです。
【田中】そうやって基本的にはひとりで孤独に作業をするばかりですが、他者と連絡を取り合ったりすることももちろんあります。メールやSNSではなくて、電話とファックスですが、編集者らからいろんな連絡や確認事項が飛んできます。なので完全に切り離された状態だということはなく、自分なりにほどほどに他者や世間と距離をとりながら、自分のペースで仕事をしているつもりです。

