外からの「割り込み」が多すぎる?

【田中】おそらく皆さんはふだん、いろんな連絡が自分の生活にどんどん割り込んでくるのでしょう。いつでも即座に反応することを求められたり、常にだれかとつながっていることを強いられたり。相手への応答が仕事の大半になってしまっているという愚痴は、ちょくちょく耳にするところです。

そうした割り込みが多くなると、「群れ」で生きることを強いられている気分になりそうです。張り巡らされたネットワークの中で生きている感が強まっていく。自分自身が巨大なシステムの一部、「伝達装置の一個」になっている気持ちにもなっていくのではないか。私はそういう環境に身を置いたことがないので、想像でしかありませんが。

しかし皆さんがそういうなかで生活を成り立たせているというのであれば、それはそれで人の生活とはそういうものなのでしょう。現代的な「毛づくろい」のかたちと見立てることもできます。

私はとりたてて、常識やふつうの暮らしにあらがっているつもりもありません。どのみちはずれ者の作家なのだから、世間に少しぐらいそういう奴がいてもいいんじゃないの、許してもらえませんか、と思ってやっているまでです。

意味がないことに耐える

【田中】さらに自分の生活の話を続けると、趣味はほとんどありません。強いていえば、本を読むことでしょうか。それはほぼ仕事ですけれど。あとは映画も好きというくらいで、そのほかは酒を飲んだりおいしいものを食べるくらいのことで、じつに単調な生活です。

人生に意味なんてないと達観しているわけではないですが、「これが意味だ」と言える地点にも到達していない。非常に中途半端なまま、人生の折り返し地点を曲がってしまったようです。そもそも人生にどこまで深い意味があるのかも、私にはわかりません。まあ意味がないことに耐えるのも、人生を送る作法なのかもしれません。