軍事的に困難な「渡海侵攻」

まず大前提として、台湾侵攻は軍事作戦として高難度だ。台湾海峡の幅は最短でも約130km、平均で180km前後あり、この距離を越えて兵力を展開するためには制空権、制海権、補給線の維持を同時に成立させる必要がある。

つまり中国軍は、単に上陸するだけではなく、海上輸送、航空優勢の確保、補給の維持、そして上陸後の戦闘継続という複数の機能を同時に成立させなければならない。

軍事史において渡海侵攻は最も困難な作戦の一つとされてきた。第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦が成功例として知られるが、それは圧倒的な制空・制海権と膨大な兵站能力、そして総力戦体制が揃っていたという特殊条件のもとでの例外だ。

1944年6月6日、LCVP(車両人員揚陸艇)からオマハ・ビーチに上陸するアメリカ陸軍第1師団の兵士たち
1944年6月6日、LCVP(車両人員揚陸艇)からオマハ・ビーチに上陸するアメリカ陸軍第1師団の兵士たち(写真=Robert F. Sargent/米国沿岸警備隊公式写真/PD US Coast Guard/Wikimedia Commons

現在の中国は同様の条件を再現できない。最大の制約は米軍の存在だ。台湾有事は最初から米軍の介入を前提とした作戦になる。その時点で、完全な制空・制海権の確保を前提とする短期決戦は成立しにくい。

台湾側が優位になる条件も存在している。台湾は都市化された沿岸部と内陸の山岳地帯が組み合わさった地形を持ち、防衛側に有利な戦場環境だ。また、台湾軍は上陸阻止から市街戦までを想定した防衛体制を整備しているため、仮に上陸が成功しても戦争は短期で終わらない。むしろその時点から本格的な消耗戦に移行することになるだろう。

開戦と同時に戦場が拡大する

加えて、台湾有事は、軍事衝突の瞬間から関与主体が拡大する。

先述の通り、米国の関与は高い確率で想定される。日本、オーストラリア、欧州諸国も、後方支援や後述の経済制裁を通じて間接的に関与するだろう。その結果、台湾有事は開戦と同時に多国間化する。

戦場の範囲も拡張する。台湾海峡に加え、南シナ海、東シナ海、さらには世界の海上輸送網にまで影響が及ぶおそれがある。

また現代戦では、衛星通信、サイバー空間、電子戦が統合されるため、戦場は物理空間に限定されない。軍事行動の影響は物流、金融、通信、エネルギー供給といった民間インフラに直接波及する。