月1000万円の赤字「うちはもう潰れるな」

「大学の友人が言った『ハンコ屋なんて将来がないぞ』という言葉の意味が、痛いほどわかりました。けれども、やめたくなかった。一般のお客様と直接やりとりできるネット通販という貴重な機会を放棄してしまうと、同じことは二度とできないと思ったんです。だから『閉鎖は待ってくれ』と。とはいえ、打開策は特にないのが実情でした」

改革の処方箋が見つからないまま、いたずらに時間が過ぎ、ひたひたと印鑑業界そのものに斜陽化の足音が聞こえ始めた。もっとも沈滞した時期は2015年。1000万円もの赤字を計上した月もあり、「掃除以外にすることがない」という窮境に追い込まれたのだ。2015年は売り上げへの焦りから安売りを加速。広告依存が激しくなり、コストが大きく膨らんでいった。

「暗いトンネルから抜け出せず、内心『うちはもう潰れるな』と、あきらめかけていました」

月に1000万円もの赤字を出し、「このままでは潰れる」と強い絶望感にさいなまれていた
筆者撮影
月に1000万円もの赤字を出し、「このままでは潰れる」と強い絶望感にさいなまれていた

会社が転落状態にあり、いかんともしがたい日々を送る岡山さんに、一条の光が差す。それは、ある1匹の猫との出会いだ。ひょんなことから病気を抱えた保護猫の里親になったのだ。

「友人がネコリパブリック大阪という保護猫カフェを開店したので妻と遊びに行きました。すると、腎臓病を患うキジ白のオス猫が近寄ってきたんです。私と妻の膝に交互に乗ってゴロゴロと喉を鳴らす姿が可愛くて。私は猫を飼った経験がなく、もっと気まぐれな生き物だと思っていたので、『いきなりこんなに懐くんだ』と驚きました」

保護猫は岡山さんを怖れず、すぐに懐いた
写真提供=岡田商会
保護猫は岡山さんを怖れず、すぐに懐いた

1匹の保護猫が心の拠り所に

近寄ってきた猫は腎臓病だけではなく、野良猫時代に人間から棒で殴られるなど虐待された経験があり、打撲の影響で前歯が欠損していた。そのためつねに舌がチロッと出ている状態だったという。そういった過去がありながらも人を愛し甘えてくる猫の姿に感動した岡山夫妻は帰宅後に相談し、保護を申し出る。

「病気と怪我があり、10歳という若くはない猫です。友人もきっと引き取り手はないからこのカフェで生涯を終えるだろうと思っていたようで、何度も『本当に飼うの?』と訊かれました」

岡山さんは保護猫の里親になった。猫は虐待された過去があり、打撲の影響で前歯が欠損している。つねに舌を出している状態だった
写真提供=岡田商会
岡山さんは保護猫の里親になった。猫は虐待された過去があり、打撲の影響で前歯が欠損している。つねに舌を出している状態だった

夫妻が大好きなアニメ『野良スコ』の主人公にならってコタローと名付けた。そして引き取られたコタローは、疲れた岡山さんを癒やす掛け替えのない存在となる。

「仕事でどれほど打ちのめされても、玄関のドアを開ければコタローがいる。家で食事をしていても仕事をしていても、私と妻にピタッとくっついて離れません。彼の柔らかな感触と温かさ、ただ寄り添ってくれる静かな時間が唯一の心のよりどころでした」

仕事をしていても、コタローはそばから離れようとしなかったという
写真提供=岡田商会
仕事をしていても、コタローはそばから離れようとしなかったという