「お前、ハンコ屋なんて将来ないで」

病弱であまり外出できず、家で図鑑を読むのが楽しみという子どもだった岡山さん。忙しかった両親は子どもと遊ぶこともままならず、印鑑製造で出る端材を薄く切り、おもちゃとして与えていた。岡山さんはそれをおはじきにして遊び、間接的に印鑑にも慣れ親しんだという。

神戸大学に進学してすぐ、岡田商会でアルバイトを始めた。卒業後にそのまま親元へ就職することに抵抗はなかったが、ある日、同期の友人から言われたひとことが強烈に印象に残る。

「大学3年生の頃でした。友人に『俺、ハンコ屋を継ぐわ』と言ったら、真剣な表情で『お前、ハンコ屋なんて将来ないで』と心配されたんです」

それは1998年のこと。Windows 95・98の発売と商用ISPの開始が転換点となり、印鑑を安売りするインターネットショップが現れ始めた頃だ。友人の憂慮は、先見の明があったといえる。

「跡を継ぐことを喜んでくれると思っていた父からも『印鑑ははっきり言って斜陽産業だ。覚悟しておけ』と言われました。のちに、それが現実となってゆくのですが……」

父が言った「覚悟しておけ」の意味をのちに身をもって知ることになったという
筆者撮影
父が言った「覚悟しておけ」の意味をのちに身をもって知ることになったという

必死で彫った印鑑を安く買い叩かれる

2000年に岡田商会の正社員となり、岡山さんはネット通販の部署を任された。

「父は『わしにはインターネットはわからん。お前に任せた』と」

2000年代に入ると、印鑑をネットで注文する習慣が根付きだした。岡山さんも見よう見まねでECショップを起ち上げたが、他社との差別化が図れず、早々に値崩れの渦に巻き込まれ苦しむこととなる。

「サイトのデザインを変えたり、翌日配達を謳ってスピード仕上げに走ったりもしましたが、大手も同じサービスをさらに安価でするため歯が立ちません。それにうちの印鑑は手仕上げですから、翌日配達は職人さんの負担が大きかった。必死で彫った印鑑を安く買い叩かれ、疲弊したスタッフからは不満の声が漏れるようになりました。手立てを考えるべくスタッフと話し合おうとするも、『話にならん』と途中で離席されてしまう始末で……」

岡田商会の印鑑は熟練職人による手仕上げ。スピード化時代に無理に対応しようとして社内の空気が悪化した
筆者撮影
岡田商会の印鑑は熟練職人による手仕上げ。スピード化時代に無理に対応しようとして社内の空気が悪化した

そうするうちに、次第に注文数自体が減り始めた。原因は1つではない。値下げもサービスも過剰にできる大手に勝てないこと。街に廉価なフランチャイズの印鑑ショップが乱立し始めたこと。電子契約の普及により印鑑離れが起きたこと。さまざまだ。

こうしてネット通販の部署のみならず、旧来からあったBtoB部門も陰りが見え始めた。父の嘉彦氏も「これでは家賃も出ない」と、ついにネット通販部署の閉鎖を告げる。