全米に広がる「クラフトサケ」

教育の土壌が整い始めたアメリカで、日本式の酒造りに情熱を注ぐ造り手は着実に増えている。ナショナル ジオグラフィックによると、過去10年でアメリカのクラフトサケ醸造所は20軒を超えた。

その始まりは、1997年のポートランド郊外。アメリカ初のクラフトサケ醸造所を名乗り、サケ・ワン(SakéOne)の蔵が誕生した。醸造責任者の桑原匠氏は、「オレゴンの軟水は華やかな酒に最適」と語る。地元の風土を、そのまま酒の個性として活かす。

当時、プレミアム路線には懐疑的な目が向けられていた。桑原氏は、「カリフォルニアがフランスワインに匹敵する品質を証明したように、日本以外でも素晴らしい酒は造れる」と退けた。

その理念の正しさを証明するかのように、オレゴンを皮切りに、クラフト醸造所は全米各地へと広がった。

アーカンソー州のオリガミ・サケ(Origami Sake)は、全米のコメの48%を生み出す穀倉地帯に位置し、軟水にも恵まれている。マット・ベル社長はこの地を、「SAKEのナパ・バレー」と呼ぶ。カリフォルニアの代表的ワイン産地と肩を並べるべく、SAKEの挑戦は続く。

カリフォルニア州ナパ・バレーのブドウ園
写真=iStock.com/YinYang
カリフォルニア州ナパ・バレーのブドウ園

「造る人」と一緒に「売る人」も育てる

ただし、良い酒を造るだけでは、市場は広がらない。造り手たち一様に口にするのは、SAKEを語り、SAKEを売れる人材の調達の難しさだ。

対策としてブルックリンクラは、醸造施設の一角に「Sake Studies Center(SAKE研究センター)」を設けた。造り手自らが酒を語り、アメリカ社会に語り手を増やすよう意図した試みだ。

ブリュバウンドによると、教育ディレクターのサリバン氏は開設からわずか1年で消費者400人超、業界関係者150人超に日本式の酒の何たるかを教えた。販売スタッフ向けの認定資格制度も整えている。

だが、業界全体の底上げとなると一筋縄ではいかない。サリバン氏は、「飲食店は人員確保に追われ、教育まで手が回らない。苦労に見合う価値があると納得してもらう努力を続けている」と語る。消費者がレストランでSAKEを選びたいとき、信頼できる人材がいるか。そうしたソフト面の拡充が急務だ。

そんな中、料理教育の名門から声がかかった。桜井社長はニューヨーク・タイムズの取材に、近隣のカリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(米国料理学院)から提携を打診されたと明かしている。提携の柱のひとつが、インストラクターやシェフ、学生たちへのSAKE教育だ。