妻のアイデアと夫の技術の集大成
こうして、「ときここち」はいくつもの試作品を経て、2018年の秋に完成。
ただのステンレスの棒だった1号から格段の進化を遂げた5号には、パッと見ただけではわからない細かな工夫が各所に施された。温かみが感じられる丸みを帯びた形、持ちやすさや使いやすさにつながっている重量バランスの良さ、本体が湾曲しているのでテーブルに平置きしても手に取りやすい……などである。
あまりの出来の良さに「これは商品になる」と思った利根さん。じつは、涼子さんは、最初から商品化を考えていたわけではないものの、頭の片隅に「会社が危機であること」「夫が『いつか人の役に立つ自社製品を作りたい』と言っていたこと」があって発案したのだという。
つまり、涼子さんの「卵を均一に混ぜられる調理器具がほしい」という夢と、利根さんの「自社製品を作りたい」という夢が同時に叶ったのだ。
「本当に最高だと思いました」と涼子さんは微笑む。
量産の段階で破損品が大量に発生
その後、ある経営セミナーで、利根さんが持ち歩いていた「ときここち」に興味を示してくれた人がいて、そこから人脈が広がり、池袋・東武百貨店で行われる「職人展」に出品できることになった。
デパートに出品するなら、それまで数本単位でしか作っていなかった「ときここち」を量産する必要がある。ところが、量産するとなると大きく勝手が異なることが判明し、破損品が大量発生してしまった。原因を突き止めて品質を安定させるまでの過程は本当に苦労が多く、「この時が一番大変だった」と利根さんは振り返る。
いざ始まった職人展では、用途のはっきりした宝石や帽子などが並ぶなか、謎の調理器具・ときここちは異彩を放った。かくして、トネ製作所のブースにはひっきりなしに人が訪れた。しかし、これは新たなピンチであった。接客に当たる社長の利根さん、息子で専務の祐樹さんは販売経験がなかったことに加え、大変な口下手なのだ。来場者の質問に対して、親子で「社長、これってどうなんでしたっけ?」「えーっと、これはねえ……」としどろもどろに。
一方、「こんなの一生に一度のことだろうから」と記念撮影のために来場した涼子さんは、大勢のお客さんに囲まれて困っている夫と息子を見て、急きょ販売員として入ることにした。専業主婦で販売経験のない涼子さんだったが、自身がときここちを使ってきた経験を交えて詳しく説明した結果、主催者から「MVP」と称されるほどに大活躍。初の展示販売会で、目標の300本を上回る315本を売り上げたのであった。

