サムライが乗っていたのはポニーくらいの小さな馬
この現状を猫に置き換えるなら、尻尾の短い和雑種や、招き猫のような三毛猫が絶滅危惧種となって動物園で保護され、巷はペルシャ猫やアメリカンショートヘア、スコティッシュフォールド、ロシアンブルーといった舶来猫に席捲されてしまった、という感じだ。犬の場合は、馬と近いものがあるかもしれない。私は猫に関しても和雑種を偏愛するので、動物に関しては割と愛国主義者といえる。
本物のサムライが生きていた時代、彼らが乗っていたのはポニーくらいの小さな在来馬だった。黒澤明の『影武者』や『七人の侍』、そしてハリウッド映画の『ラスト サムライ』などに登場する、秀麗なサラブレッドにまたがる武者は、完全に虚構なのである。
日本の馬はなぜ消えたのか
なぜ日本在来馬は消えてしまったのか? 原因は戦争だった。
日本にはもともと、馬を去勢する習慣がなかった。去勢されていない牡馬は、牝馬を見ては隊列を乱す。天下泰平が続き、日本国内にいるだけなら、それでもよかった。
しかし明治維新のあと、日清戦争を皮切りに、日本は国外で戦争をするようになった。戦場で乗るための馬を船で運んで現地に送り、他国の馬と比較したことで、日本陸軍は日本の在来馬が内包する、それを問題と呼ぶならば、問題に直面した。
中でも、ロシアやイギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、オーストリア=ハンガリー、イタリアとともに共同出兵した明治33年(1900年)の義和団事件(北清事変)が決定的だった。日本の馬は他の7カ国の馬と比較された。隊列を組む馬たちが暴れて制御できず、「日本軍は、馬のような格好をした猛獣を使用している」と欧米諸国から嘲笑され、おおいに恥をかかされた。
明治時代の軍馬関連の本を読んでいると、いきなり船で海を越えさせられ、戦場に連れて行かれた和種馬が、軍事的観点から「役に立たなかった」ことについて、「劣悪」「猛獣」「軽舟に移すにも甚しく困難」「貨車を見て畏怖逡巡容易に乗車せざる」「汽車輸送を拒絶せらるゝ」「貨車を破壊」などの罵詈雑言が並び、和種馬に対して心底気の毒になる(*2)。
*2 武市銀治郎『富国強馬 ウマからみた近代日本』講談社選書メチエ、1999年、67頁。
いくら軍事的に「役に立たなかった」からとはいえ、あたかも和種が劣等種かのように扱うのは、失礼すぎる。日本の馬は、江戸初期を最後に250年近くも戦に駆り出されなかったため、のんびりしていただけなのだ。江戸時代、ある藩が騎馬を使った教練をするだけで「謀反の疑いあり」とされ、厳重警戒の対象となった。だからこそ相馬野馬追も、祭りの形を借りてひそかに馬に乗り続けた。

