「似せる」のではなく「働かせる」設計思想
2人目は、AgiBot(智元機器人)共同創業者・彭志輝氏である。
1993年生まれ、ファーウェイ(中国の通信機器大手・華為技術)の高度人材募集プログラム「天才少年」に採用された経歴を持つ、若きカリスマエンジニアだ。中国版YouTubeに相当する「Bilibili(ビリビリ)」で250万人のフォロワーを擁する有名テック系配信者「稚暉君(チーフイジュン)」としても知られている。
彼は2023年2月、ファーウェイを離れてAgiBotを創業。わずか3年で、世界ヒューマノイド出荷台数1位(2025年、5168台、世界シェア39%)、2026年3月30日に累計1万台生産達成(5000台から1万台までを3カ月で達成、生産速度4倍に加速)という驚異的な実績を打ち立てた。
彼が2023年に第1号機「遠征A1」を発表した時の言葉が、本稿の核心と完璧に符合する。
「単に人間に似せるだけではなく、しっかり働くものにしたい」
ここに、書籍が示す核心命題が、一文で表現されている。「人間に似せること」自体が目的ではない。「現実世界で働ける身体」を作ること――これがAgiBotの哲学である。
100台が毎日データを集める工場の正体
だから遠征A1の設計は、徹底的に機能優先である。膝は人間とは異なる逆関節設計(可動領域を広げ、機動性を優先)、手はドライバーやドリルなどの工具に交換可能、下肢は用途に応じて2脚かホイール型から選択可能――「人間の形を借りつつ、現実の仕事をするための機能優先で設計」する思想が貫かれている。書籍が示す「ヒューマノイドは万能である必要がない。共通の知能基盤を持ちながら、与えられた役割に応じて振る舞いを限定する」という命題を、彭氏は2023年の段階ですでに実装に落とし込んでいた。
そして、彭志輝氏が建設した上海3000平米のデータ収集工場は、フィジカルAI戦略の決定的なピースである。家庭・小売・サービス・飲食・工場の5つのシーンを物理的に再現した工場の中で、約100台のヒューマノイドが毎日大量のデータを集めている。本連載第1回〈「日本はAIで完敗」は大間違い…米国が100兆円投じても手に入らない、ヤマトやトヨタが持つ「最強の逆転カード」〉で論じた「学習し続ける現場」を、AgiBotは工場として物理的に建設したのである。
2026年に入ってから、AgiBotの拡張は加速している。2月にはドイツ・ミュンヘンで記者会見を開き、ドイツ市場参入を発表。自動車外装大手の敏実グループと戦略提携を結んだ。シンガポール・チャンギ空港でも実証実験中。韓国LG電子、タイのチャロン・ポカパン財閥、JD(京東、中国EC大手)などからの出資も受けている。

