※本稿は、池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
人間は野生動物と同じだった
生物学的な用語でいうところの「ホモ・サピエンス」、すなわち「人間」という種がこの地球に現れたのは約30万年前で、その後、少なくとも29万年間は狩猟採集生活をしていた。
そのころの人間は道具や火を使いこなせるようになっていたとはいえ、基本的には野生動物と同じなので、たとえばライオンのような肉食動物にとっては獲物の一種でしかなかった。
そのような個としての弱さを補うために人間は、数家族がまとまって、数十人程度でひとつの群れを成して生きていたのだろうと推測される。
群れの規模は50人から100人くらいと考えられていて、狩猟採集社会では、このような規模の集団を「バンド(小集団)」と呼ぶ。
そして、バンドを構成する一人ひとりは、生き延びるために必要な行動(狩りをしたり、木の実や植物を採ったり、あるいは着るものとか住みかを整えることや子育てなど)以外のことはほとんどしなかったと思われる。
食べる分さえ獲れれば、それでいい
必要以上のものをわざわざ手に入れようとはしなかったのは、燻製や乾燥といった簡単な保存法はあったものの、長期的に蓄えるための技術や発想をほとんど持たなかったせいもあるが、必要以上に獲りすぎるのは自分たちの首を絞める行為であることを、経験的によく知っていたからだろう。ヒキガエルじゃないけれども、必要以上のことをするのは滅びへの道なのだ。
たとえば、バンドの縄張りの中に、イノシシが500頭生息していたとする。
毎年そのうちの平均50頭を狩って食料にしていたとしても、イノシシの毎年の繁殖力が約10%だとすると、イノシシの個体群はほぼ500頭に保たれるので、バンドにとっては持続可能な食料になる。
もちろん時には狩りに失敗したりして食料にありつけない日もあるだろうが、1日や2日くらいならすぐに死ぬわけではないし、十分な数のイノシシがそこにいさえすれば、3日目、4日目にはありつける可能性は高い。つまり、長い目で見れば十分持続可能だと言ってよい。

