「貯蔵できる」が新たな欲望を生んだ
農耕の中心が穀物だったのは、貯蔵が利くという性質が大きく関係していたと思われる。貯蔵できるということは、「明日いきなり飢えるかもしれない」という恐怖から、多少は解放されるということを意味するからだ。
そして、この「蓄えられる」という性質は、その日食べる分だけを得ればよかった人間の生活を根本的に変えていく。
蓄えることができるとなれば、それは収穫量を増やすことへの動機となる。
たとえば、目の前にある食べ物を「今日中に食べきらなければ残りは腐ってしまうのですべて捨てる」と言われたら、人は食べ切れないぶんまでは欲しないだろう。どうせ明日には残らないのだから、今日必要な分だけあればいいと考えるのが自然である。
しかしそれが「1年間保存できる」とか「5年はもつ」と言われた瞬間、話はまったく変わっていく。
今は食べなくても、将来のために備えて取っておけるとなれば、できるだけ多く手に入れておきたいという気持ちが生まれ始めるのは当然だろう。
つまり、貯蔵できるという穀物の性質は、人間の欲望のあり方に大きな変化をもたらしたのである。
江戸幕府は「米」で動いていた
最古の貨幣は紀元前7世紀ごろにまで遡るとされるが、近世に至って農産物以外の工業生産物が一般的になるまでは、庶民にとって貨幣はあまりなじみのあるものではなかった。貨幣が存在することと、社会全体が貨幣を中心に動くこととは別の話なのだ。
税についても長い間、多くの地域では農産物や労役という形で納められていた。ヨーロッパでも12世紀ごろまでは物納が一般的で、貨幣による納税が広がるのは14世紀以降である。
日本では、17世紀初頭から19世紀半ばまで続いた江戸時代においても、人口の80%前後を占めていた農民は年貢として米を納めていた。ヨーロッパで貨幣納税がすでに当たり前になっていたころも、幕府や各藩の財政はなお「米」を基盤にして動いていたのだ。
