「働くこと」=「お金を稼ぐこと」に

「お金を媒介とする経済活動への参加」を強力に後押ししたのは、本格的な資本主義社会への移行である。

18世紀後半のイギリスで始まった産業革命は、工場制機械工業を生み出し、資本を投じて労働力を雇い、利潤を再投資するという経済構造を確立させた。その仕組みが19世紀を通じて世界に拡大し、日本にも明治維新後に急速に流入してきたのだ。

そこで明治政府は「殖産興業」を掲げ、官営工場を設立し、鉄道を敷設し、近代的産業を国家主導で育成した。

つまり、地租改正によって国民は「お金を手に入れなければならない存在」になったものの、幸か不幸か、そのための賃労働の受け皿も近代化とともに確実に増えていったのである。

おそらくこのあたりから「働くこと」と「お金を稼ぐこと」が等価になり始めたのだろう。

もちろん都市部などでは賃労働に従事する人々もそれ以前から存在はしていたが、社会のほぼ全員がお金を必要とするようになり、「働くこと」と「お金」がこれほど強く結びついた歴史は、それ以前の日本には存在していない。

1873年の地租改正が転換点になった

試しに「労働」を手元の辞書で引くと、

①からだを使って働くこと。特に賃金や報酬を得るために、心身を使うこと
②人間が道具を利用して自然の素材を目的に応じて加工し、生活に必要な財貨を生み出す活動

とある。

池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)
池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)

年貢米を収めればよかったころまでは、その意味は②に近かっただろう。

しかし、地租改正によってすべての人がお金を得なければならなくなり、多くの人たちが資本主義的な労働市場に組み込まれていったころから、「労働」すなわち「働くこと」の意味は①のほうに重心を移し始めた。

おそらく多くの現代人は、「お金を稼ぐために働く」のは当たり前のことだと思っているだろうが、少なくともほとんどすべての日本人が「お金を稼ぐため」に働くようになってからは、実はたった150年余りしかたっていないのである。

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