「経験年数=デキる人」は時代遅れ
図表1を見てください。これは2021年末時点での世界のユニコーン企業の創業者の創業時の年齢をヒストグラムにしたものです。
先ほどのGAFAM創業者の平均年齢よりは若干上がりますが、ピーク年齢は20代の後半から30代の前半に来ており、やはり私たちが一般通念として持っている「経験年数とともに能力や成果は上がる」という人間観とは大きな齟齬があります。
このような世界において「20代はまだまだヒヨッコ」というイメージを持ち続け、年長者や経験者に優先的に「機会という資源」を回し続ければ、社会全体で巨大な機会費用を支払うことになるでしょう。
このデータについては、もしかすると「そもそも起業にチャレンジしているのが全般に若い人なのだから当たり前だろう」といった反論があるかもしれません。実際のところ、起業の成功率は若年者よりも、当該領域に一定の経験を持つ年長者の方が高いというデータもありますが、そもそも「起業にチャレンジする」というモチベーションの高さ自体が価値創出のための重要な資源なのですから、このような反論は的を外しています。
価値の下がった高齢者をどう扱うか
もちろん、社会はスタートアップだけによって価値創出されているわけではありませんし、蓄積した経験がリニアにパフォーマンスに結びつく領域も多々あるわけですから、これだけのデータでもって「年長者や経験者の価値が毀損している」というつもりはありません。私が揺さぶりをかけたいのは、私たち日本人が無批判に抱いている「長く経験を積んだ人ほど優秀だ」という単純化された人間観・社会観・世界観なのです。
ここまでの指摘をまとめれば「アクセスできるデータが増え、テクノロジーが激しく進歩する社会においては、学習能力が高く、知識のアップデートが得意な若年層が優位性を持つ一方、年長者・経験者の価値は相対的に目減りする」ということです。端的に表現すれば、私たちは「年長者の価値が相対的に低下する社会」を生きているのです。
これを逆さまに言えば、私たちは、組織や社会における年長者の役割や貢献について、あらためて考え直さなければならない時期に来ているということです。
なぜなら人間は、社会的な役割や承認を失うと壊れてしまうからです。「人数の重心は高齢化する一方で、価値の重心は若年化する」という人口動態の交差問題が年長者や高齢者にとって深刻なのは、経済問題以上に社会的承認の喪失を引き起こす、という点にあります。


