「がんになったらダメだ」は大間違い
知らないまま、症状もなく、天寿をまっとうしていた。
まさに「知らぬが仏」です。
私は、これまで6000人以上の高齢者と接してきました。その経験から言えるのは、70歳を過ぎて見つかったがんの多くは、進行がゆっくりで、命取りにならないケースも少なくないということです。
私が診た80代の男性に、前立腺がんが見つかりました。医師からは「手術もできます」と言われましたが、本人はこう言い返します。
「畑もやりたいし、旅行にも行きたい。痛くもないのに、なんで体を切るんだ」
結局、積極的な治療はせず、経過観察を選びました。その男性はその後も10年以上元気に畑に通い、最後は老衰で静かに旅立ったのです。
これでも、がんにかかったから不幸だったといえるのでしょうか。
認知症も同じです。先ほどの浴風会病院での解剖結果にもあったように、85歳を過ぎれば、誰の脳にもアルツハイマー型の変化は見つかります。しかし、それですぐに「何もできない状態」になるわけではありません。
実際、軽度の認知症でも、笑い、怒り、恋をし、趣味を楽しみ、人を思いやることはできます。言い換えれば、アウトプットは続けられるのです。
問題は、診断そのものよりも、「もうダメだ」と思い込んでしまうこと。
「がんだから安静に」
「認知症だから危ない」
そう言われ、周囲も腫れ物に触るように接する。すると、本人は役割を失い、社会との接点を失い、急速に元気をなくしていきます。
がんや認知症は人生後半戦の“条件”
私にしてみれば、がんや認知症は、しわや白髪と同じで、歳を重ねれば誰にでも起こる変化にすぎません。
ですから、大事なのは、「病名」より「どう生きるか」です。
症状がないがんなら、慌てない。軽い認知症なら、現在できることを続ける。実際、年齢を重ねるほど、がんの進行はゆっくりになることも多い。認知症も、刺激のある生活を続ければ、進行が穏やかな場合が少なくありません。
・人と会う
・話す
・笑う
・好きなことをする
がんや認知症になっても、これをやめなければいいのです。
「病気=人生終了」という思い込みこそが本当の敵です。
85歳を過ぎれば、がんも認知症もあるのが“普通”。言ってしまえば、それは人生の後半戦の“条件”にすぎないのです。
条件が変わっても、プレーは続けられる。そう考えられる人の人生こそが、最後まで輝き続けるのです。

