「不動産事業で資金が必要」はウソ
よくある誤解は、JR東日本が鉄道事業で営業利益が出ているのに運賃改定はけしからんというものである。
これは国が定めた運賃認可制度上、経営努力によって営業利益を増やさないと運賃を改定できる余地が生まれないからだ。
JR旅客会社の運賃と新幹線の特急料金、それから大手私鉄や地下鉄の運賃は国土交通大臣による認可制となっている。そして、運賃の改定額も総括原価方式と言って国が定めた収支計算方法に基づく範囲内でしか認められない。
加えて、運賃改定時に認められる営業費は支出額すべてではないのだ。直接経費はヤードスティック方式と言って国が決めた計算式によって求められた基準コストまでしかこれまた認めてもらえない。そのうえ、2023(令和5)年度の場合を例に取ると、営業費に占める基準コスト自体がJR旅客会社6社平均で39パーセントしかないのだ。
JR東日本の各線で2026(令和8)年1月に相次いで発生した設備のトラブルで、同社は設備に関する費用を抑えていたと批判を受けた。だが、運賃改定の場面では、国からするとJR東日本はむしろ経費削減への努力が足りないと見なされる。
国土交通省が発表した「JR旅客会社の基準単価・基準コスト等について」を見ると、2023年にJR東日本が国から認められた基準コストは6845億1800万円であった反面、実際の同社の経費は6928億2100万円であったからだ。
近年まで、災害で被害を受けた線路や設備の復旧費用を運賃改定の判断材料となるコストに算入してもらえなかった点も付け加えておきたい。
JR東日本の沿線では2000年代に入り、東日本大震災をはじめ大地震に見舞われ、同社も巨額の費用を負担して復旧に当たってきた。この費用は運賃の改定には全く考慮されていない。JR旅客会社の地方交通線が災害に遭って長期間運転見合わせとなると、復旧を断念して営業廃止となるケースが目立つのもいま挙げた理由も一因だ。
まとめると、今回JR東日本が実施した運賃改定によって得られる増収分は、同社が今後も鉄道事業を維持できる範囲内でしか認められていない。よくJR東日本は不動産事業で資金が必要なので運賃改定を実施したと、一部の識者まで発言していたが全くの誤りであることがわかるであろう。
国が抱えた15兆円もの「長期債務」
ここまでの説明でJR東日本の運賃改定が妥当だとおわかりいただけたであろう。筆者はもう一つ理由を挙げておきたい。それは、同社が旧国鉄の長期債務を返済するためにも必要だというものである。
JRの発足後、国鉄が抱えた長期債務の返済に当たっていた日本国有鉄道清算事業団は1998(平成10)年に事実上破綻した。残された巨額(24兆98億円)の長期債務は国の一般会計に承継され、2023(令和5)年度末現在、15兆0715億円が残る。これが結果としてJR東日本への負担を大きくしている。
JR東日本だけが国鉄の長期債務を償還する義務はもちろんない。けれども、国の財布を預かる財務省の立場から見れば、同社単体の法人税等の納税額がコロナ禍前の2019(令和元)年度には536億円であったところ、コロナ禍の影響が残る2023(令和5)年度には4億円へと激減しているのが気にならないと言ったらうそになるだろう。
JR東日本には安定して利益を挙げてもらい、法人税といった国税の納税額を増やして国鉄の長期債務の償還に努めてもらわなくてはならない。そのためには運賃の改定が必須で、筆者のような大ざっぱな計算とはいえ、在来線の定期運賃の収支が芳しくないように見えるのは何としても解消してもらわなくては困るのだ。
付け加えると、JR東日本には2024年度末現在で3021億円の鉄道施設購入長期未払金が残っている。その一部は1991(平成3)年に東北新幹線上野―盛岡間と上越新幹線大宮―新潟間とを合わせて3兆1069億円で買い取った金額の残高だ。鉄道施設購入長期未払金とは、実質的には同社が償還すべき国鉄の長期債務であると言ってよい。
なお、毎年約45億円となる新幹線の購入代金の支払いは今後も2051(令和33)年まで続く。
仮にJR東日本の運賃改定に反対して安い運賃を享受していたら、同社は法人税の納税にも鉄道施設購入長期未払金の償還にもやがて行き詰まってしまう。そうなると15兆円もの国鉄の長期債務の償還に困難を来し、結果として国民に対する増税が避けられない状況に追い込まれるかもしれない。
JR東日本の運賃が値上げされずに少しばかり安い価格を維持していたとしても、結果として国民に重税が課せられるようでは、意味がないのだ。


