“天性の嗅覚”で誰よりも出世した
もともと多方面にわたって能力を振るうことができる逸材だったのだろうが、秀長と邂逅する以前の主君たちは、その才能に気づかなかった。若く、粗暴だったのだから、それも仕方ない。
しかし、時代は血筋や家格ばかりにとらわれず、能力があればのし上がっていける人材を求めていた。近江の土豪から出てきた高虎も、自分を“高く買ってくれる主君”の出現を待ち望み、そのために主家を渡り歩いたとも見て取れる。
つねに強い方につく“世渡り上手”な一面を否定的に見る人は少なくない。高虎は人気のある武将だと書いたが、昭和の頃は主君を平気で見捨てる打算的な変節漢と、ネガティブに見る向きもあった。
高虎は確かにそうした非情な一面を持っていた。だが、情勢の変化をいち早く察知する高い政治センスは、“天性の嗅覚”ともいえる。さらに、その嗅覚をもって常に「勝つ側」につく選択をできる。
藤堂家は慶長13(1608)年に移封されて津藩主となって以降、外様でありながら幕府の介入も、これといった御家騒動もなく世襲によって藩は安定運営され、幕末の戊辰戦争では、真っ先に新政府軍に与した。
俗説だが「藤堂家は藩祖・高虎の(裏切りの)教えを脈々と受け継いでいた」と皮肉まじりに噂されたという。仮にそうであったとしても、誹られることだろうか。
情勢を読み、勝つ方につくという藩是(方針)が徹底されていたとしたら、むしろ強みとして誇示しても良いとさえ、個人的には思う。
藤堂高虎は、今こそ再評価したい人物ではないだろうか。
参考文献
・黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち 秀吉兄弟の天下一統を支えた18人』(角川選書、2025年)
・黒田基樹『羽柴秀長と藤堂高虎』(NHK出版新書、2025年)
・諏訪勝則『図説 藤堂高虎』(戎光祥出版、2025年)


