手を出すのも早く、主君を見限るのも早い

高虎は阿閉の下でもまた2人を斬り殺し、退去せざるを得なくなった。天正元年(1573)のことだった。理由はまたもや不明だが、喧嘩になると即座に相手に斬りかかる凶暴な資質が見て取れる。

若気の至りで済む問題ではないだろう。今風にいえば「キレる若者」とでもいおうか。ヤバい奴に他ならない。

次に高虎が頼ったのは元浅井重臣の磯野員昌いそのかずまさだった。磯野は元亀2(1571)年、浅井方として信長と8カ月に及ぶ戦いの末に降伏し、織田に服属して近江国高島郡(滋賀県高島市)を与えられていた。そこに高虎が転がり込んだ。