ただし同氏は、警戒すべき一線もはっきり引いている。「ホワイトリストが家庭にまで導入され始めたとき、初めて真剣に懸念すべき理由が生まれる」
実際、検閲強化派は政権内に確実に存在する。ポーランドのシンクタンク「東方研究センター(OSW)」の分析によれば、支配層エリートは規制強化をめぐって割れているという。経済担当部局や財界は接続制限による経済的損失を案じる一方、プロパガンダ担当の官僚たちは偽情報を流してきた国内世論対策や対外向けのチャネルが断たれることを恐れている。遮断とその代償をめぐり、内部に軋みが生じている。
モスクワに戦争の影響が迫っている
モスクワは長らく、ウクライナ戦争の凄惨な前線から切り離された別世界だった。
それでも他のロシアの都市では生活への影響は免れず、テレグラフによれば、ロシアでは少なくとも2025年5月以降、各地でインターネット遮断が頻発している。だが、首都モスクワだけは、こうした混乱とはおおむね無縁でいられた。
その保証が崩れ去ったいま、首都の住民は揺れている。メデューザの取材に対し、住民のミーシャは、「『チェブルネット』はもうすぐそこだ」と語り、諦めをにじませた。チェブルネットとは、アニメ「チェブラーシカ」とインターネットの合成語で、政府に囲い込まれたネットを揶揄する俗語だ。別の住民リナは、「ロシアを離れたくはないが、自由なインターネットへのアクセスは私にとって譲れない一線だ」と戸惑いをあらわにした。
住民の動揺をよそに、クレムリンは手を緩めない。ポーランドのシンクタンク東方研究センター(OSW)が引くロシアの独立系世論調査機関レバダ・センターの調査では、ウクライナ侵攻継続への支持率は2026年2月に過去最低のわずか25%に沈んだ。ここまで落ちた以上、体制維持を最優先とするプーチン政権が情報統制をさらに強めるのは目に見えている。
前出のクリマレフ氏はCNNに対し、当局が全面遮断に踏み切りうると警告した。戦争が激化するか経済崩壊の予兆が見られれば、その引き金になり得るという。「当局がインターネットを脅威と信じた瞬間、遮断に踏み切る。イランと同じだ」とクリマレフ氏は言う。
テレグラフによれば、モスクワのある診療所で独立系メディア「ベレグ」の記者がこんなやりとりを耳にした。待合室の高齢女性が、「政治と関係があるのかしら。戦争さえなければいいけど!」と呟いた。記者が、「戦争はすでに起きています」と告げると、女性はこう返した。「モスクワで起きていなければいいわ!」
これまで戦禍と無縁だったモスクワに、生活崩壊の足音が確実に近づいている。


