トランシーバーや固定電話の購入数も25%以上増え、モスクワの市街地図や紙製の観光ガイドはほぼ3倍売れている。スマートフォンが用をなさない以上、前世紀の技術に頼るほかない。

トランシーバー
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もっとも、ロシアではポケベルの通信サービス自体がとうに廃止されている。市民は藁をも掴む思いでポケベルを買い求めたが、端末が実際に鳴る保証はどこにもない。

観光マップ
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住民の命がかえって危険に

遮断の理由としてロシア政府は、「市民の安全確保」を掲げる。

ウクライナから飛来したドローンはSIMカードを搭載し、ロシア国内のデータ通信網を通じてウクライナ領内から遠隔操縦される。通信を絶てば、人の手による遠隔操作は難しくなる。

だが、ウクライナ国境に近い街では、ロシア国民がその「安全策」にかえって命を脅かされる状況になっている。ロシア西部のベルゴロド州では、通信障害のせいで空襲警報がスマートフォンに届かない。警報が届かなければ、避難のしようもない。

モスクワ・タイムズによると、ロシア南部クラスノダールでは、ウクライナのドローンが飛来するたび防空部隊が電波妨害(ジャミング)をかけ、インターネットどころか通話もSMSも完全に遮断される。本来は携帯に届くはずの空襲アラームが、市民に届いていない。

市が打ち出した対策は、迎撃時にアナログ式の空襲サイレンを鳴らすことだった。ところが独立系メディア「オストロジュノ・メディア」によれば、住民からは攻撃中にサイレンが鳴らなかったとの苦情がすでに相次いでいる。当局は「緊急事態の基準を満たさなかった」と釈明する。

前線から遠く離れたモスクワ郊外でも、通信遮断のせいで命にかかわる事態が起きていた。米ニュース専門チャンネルのCNNが取材したのは、糖尿病を患う8歳の息子ワーニャを持つ母親のスベトラーナさんだ。彼女は息子の血糖値をモバイルデータ経由で24時間見守り、必要なインスリンの量をメッセージアプリのテレグラムで伝えてきた。

頼みの綱だった通信が途絶えたいま、血糖値を確認することも、投与の指示を出すこともできない。「足元の地面が突然引き抜かれるような感覚です」とスベトラーナさんは語る。

ネット遮断に隠された5つの狙い

公式の説明では、ウクライナのドローン対策を目的に通信を制限している。だが、建前の裏に少なくとも5つの狙いがあると分析されている。

第1は、当局が承認したサイトだけにアクセスを限定する「ホワイトリスト」制度の実験とする見方だ。中国のネット検閲「グレート・ファイアウォール」のロシア版に当たる。

第2に、今年9月の下院選を見据えた情報統制とするもの。続く第3は、今後ウクライナ戦争への動員を本格的に拡大するにあたり、反発の封じ込めを意図したとする説だ。

そして第4に、独立系の通信プラットフォームを排除し、国産サービスへの強制移行を図るとする分析。最後の第5は、連邦保安庁(FSB)に通信遮断権限を与える新法のテストとする見方だ。それぞれ別の施策に見えるが、束ねればプーチン大統領の権限を強化し、対ウクライナ体制を万全にする下地となり得る。