原発の立地自治体への初めての訪問
戦後においては、昭和34(1959)年に伊勢湾台風によって愛知・三重両県を中心に5000人を超える死者・行方不明者が出ており、その際には、昭和天皇の名代として皇太子であった現在の上皇が被災地を訪れている。
ここから、大規模な災害が起こった際に天皇や皇族が被災地を訪れる慣習が成立する。
上皇にはそうした経験もあり、昭和61(1986)年に伊豆大島・三原山噴火の避難所を訪問しているが、そのときから夫妻で床に膝をついて被災者と対話する「平成流」が確立される。
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