藤が丘は「変化の少ない街」
昭和の姿のままショッピングセンターが生き残った2つめの理由は、すぐに再開発をするほどの人口規模がこのエリアにはなかったことが挙げられる。
藤が丘駅は1966(昭和41)年の開業時から乗車人員の少ない駅だった。数年後の1970(昭和45)年度時点で藤が丘駅の年間乗車人員は約141万人。それに対し、同年に開業した、たまプラーザ駅は約274万人、青葉台駅は約333万人であった。
藤が丘駅の年間乗車人員は2023年度に約460万人となり、1970年度比で増加率は約226%。一方、たまプラーザ駅は増加率約414%、青葉台駅は約428%と大きく上回っている(『神奈川県勢要覧』)。現在、たまプラーザ駅と青葉台駅は急行が停まるが、藤が丘駅は各駅停車のみである。
「青葉区まちづくり指針」においても、たまプラーザ駅や青葉台駅が「駅勢圏が大きい生活拠点」と定められているのに対し、藤が丘駅は「駅勢圏が小さい生活拠点」の枠組みに入っている。藤が丘駅は田園都市線の中で変化が少ない、小さな街なのである。
そもそも藤が丘は広域から集客するのではなく、近隣住民のための街を前提としてつくられた。藤が丘駅開業の翌年に東京急行電鉄(現・東急)が開発した藤が丘ショッピングセンターがそれを象徴している。
藤が丘ショッピングセンターは2階建て、核店舗のほか店舗は15区画で、日常利用を想定した小ぶりな商業施設であった。それゆえ、再開発の優先順位が低かったと考えられる。
根本的なビジネスモデルが違う
3つ目の理由が、一般的なショッピングセンターとのビジネスモデルの違いだ。
藤が丘ショッピングセンターをよく見ると、店舗の上に住居があることがわかる。藤が丘ショッピングセンターは同時期に東急が開発した青葉台ショッピングセンターやたまプラーザショッピングセンターと異なり、住居も店舗も分譲なのだ。
ショッピングセンターは建物を所有するデベロッパーがテナントに区画を賃貸し、家賃を回収するモデルが一般的である。多くの場合デベロッパーとテナントは定期建物賃貸借契約を結んでおり、この契約形態によりデベロッパーは必要に応じてテナントを退店させることができる。売上不振のテナント、すなわち来店客からの支持を得られていないテナントや、施設のコンセプトにそぐわないテナントとは次の契約を結ばず、新たなテナントを誘致するのである。
デベロッパーは施設を統一的に運営し、テナントの入れ替えや設備の改修といったリニューアルを行うことで施設を社会や消費動向の変化に適合させていく。
だが、藤が丘ショッピングセンターは1階を店舗、2階を住居とする分譲物件である。そのため開業から今まで店舗都合による閉店・新規出店はあっても、デベロッパーによる戦略的な入れ替えや大規模なリニューアルが実施されることはなく、今日まで開業当初の姿を残してきたのであろう。
施設名は「ショッピングセンター」を冠しており、自然発生的な商店街ではなく計画的に開発され、核店舗を持つ商業施設であるものの、所有・運営は商店街のような形態なのである。

