最後に息子と娘から感謝された
そうなったら、僕の出番です。「じゃあ、歩こう」。僕が言うと、Aさんは、「私、食べられないから歩けない」と嘆くので、食べられなくて体重25キロでも背筋を伸ばして歩いている別の患者さんの動画を見せて、言いました。
「この女性も食べられないけど歩いてる。あなたは、このまま歩けないと弱って死んじゃうけれど、もう少し歩いて粘っていれば抗がん剤が抜けてきて、食べられるようになるかもしれない。生きたいなら、歩くしかないよ。生きるチャンスがあるとしたら、歩くことだよ」
「じゃあ私、がんばる」。そう答えたAさんは、毎日少しずつでも歩き、抗がん剤の副作用も落ち着き、次第にごはんも食べられるようになり、退院から2カ月後には、毎日外を30メートルくらい歩けるようになったのです。そこからさらに数週間。食欲が落ちてきたので、そろそろだなと思った僕は、この2カ月半を振り返ってどうだったかを彼女に訊ねました。
「先生、私は幸せよ。先生のおかげで息子と娘が、私に『ありがとう』っていっぱい言ってくれたから。あと少し、死ぬまで面倒見てね」。笑顔で答えたAさんは、その5日後に逝きました。亡くなる3日前も外を30メートル歩き、逝く前日も、退院してきた時よりしっかりした足取りで歩いてトイレに行ったそうです。
たとえ寿命が見えてきても、歩いて粘れば、粘れます。ただ、努力しても延ばせない命は残念ながらありますし、誰しも、いずれ粘れなくなるときはきます。それでも、自分の足で立つこと・歩くことは、患者さん自身が努力をする価値が十分あるのです。
(取材・構成=浜野雪江)



