前向きな学生への対応すら迷う現代

話を聞いていた別の先生は、この気持ちをみ取りつつも、「学生は意外とウェットな関係を好んでいる印象を受ける、だからこそ難しい」と話していた。自身のゼミ合宿でそう感じたらしい。別に先生なんかに興味ないのかと思ったら、興味ある学生もいるにはいるのだ。

そうした学生からすれば、教員側が警戒して距離を置くことは残念に思うかもしれない。いろいろお話ししてみたいのに、「録音していいですか?」と言われたら、複雑な気持ちにもなろう。

変な学生ばかりではなく、前向きに興味を持って接する学生もいる。起きるかはわからない――ハザードは大きいがリスクは低い――ハラスメントを恐れて関係を最小化するというのも、もったいない気がする。

でも、現代では、いつでもどこからか意地悪な声が聞こえてくるのだ。

「ハラスメント予備軍に対して自衛するのは当然の処置」

もっとも「あなたは常に潜在的な加害者だ」といった扱いを甘受する必要はなくて、教員側にも抗弁する準備はある。カスハラが法整備され、正面から訴えることもできるようになった。教職員から学生へのアカハラのみならず、学生から教職員へのカスハラも想定されるべきだろう。

突き出された手のひらには「STOP」の文字
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ハラスメントの本質は「権力関係」

ただ、ほとんどの教員は、イヤな目にったとしても、そういう手段には出ないのではないかと思う。教員側は、そんなことを望んではいないはずだからだ。学生を顧客とみなすこと自体に忌避きひ感もあると思う。学生と教職員は同じ組織の一員でもあるはずで、顧客とサービス提供者という分け方をしてしまうのは、分断でもある。

現実に起きるハラスメントを解決することは、当然必要ながら「ハラスメントという概念をどこにでも持ち込みさえすればハッピーな社会になっていく」というほど単純なものでもない。

ハラスメントの代表例であるパワーハラスメント(パワハラ)からもわかる通り、ハラスメントの本質はパワー、つまり権力にある。権力関係から生み出される不平等こそが本来是正すべき対象であり、被害があった場合に対応するため、あるいは被害を未然に防ぐためにハラスメント関連の法整備も進んできた。

大学におけるハラスメントを考えるときに、主要な論点を1つに絞るならば「大学における権力者とは誰なのか?」だと言える。

教職員と学生をはじめとして、理事会、執行部(企業でいう経営陣、役員)、事務方、各学部構成員(ファカルティという)、外部スポンサー、などなど。現代の大学はさまざまなステークホルダーが関わり合う場所であり、その権力関係は外からみてわかるほどシンプルではない。