「ハザード」と「リスク」の違い
特にSNSで発されるものなんて、知ったことではない。こちらは見もしない、チェックできないのが当然だ。ただ最近はSNS発で問題化されることも多い。ネットを含めて山のように投げかけられる不平不満のうち、本当に耳を傾けるべき事案を見抜くことは、そんなに簡単ではない。
大学生は未成年も多いわけであり、さまざまな面で一人前とは言い難い。そうした学生の幼稚さが生んだ「事案」はごまんとある。本当にハラスメントという強い言葉で厳密に扱うべき事案は、決して頻繁に起きるわけではない。
では、こうした学生の言動にどう対応すればよいのだろうか。ここで考えたいのが「ハザード」と「リスク」である。両方とも訳せば「危険」だが、ニュアンスが異なる。ハザードは被害の大きさを意味する。リスクとは起きる確率である。
「毒蛇に咬まれる」という例を考えよう。最悪死に至るのでハザードは大きいが、日本のほとんどの場所――たとえば市街地――において毒蛇に咬まれるリスクはないに等しい。かたや夏の日の野外で蚊に咬まれるリスクは高いが、ハザードはまあそこまでだろう。
「何か」が起きたときの被害の大きさと、その被害が起きる確率は、とりあえず別のものとして考えないといけない。大学では、そしておそらく多くの組織では、ハラスメントに関するハザードとリスクをまったく識別できていないのではないかと思う。
ゼミ合宿で生徒と同じホテルに泊まるか
たとえばハラスメントを避けるために、また教職員側も「自衛」のために、学生との面談はすべて録音しよう、みたいな意見をみることがあるが、これは明らかにハザードとリスクを混同して、不要な手間を増やす施策だ。
ハザードとリスクが識別できないことは、結果的にコミュニケーション不全を招く。
「ゼミ合宿」というイベントは大学では珍しくない。春休みなどの長期休みに、卒論の執筆や集中的な学習のための合宿をするのだ。
知人の先生が初めてゼミ合宿を行った。その際、自分が泊まるホテルを、学生が泊まるホテルと別にしたらしい。「なんとなく、嫌じゃないですか?」と。一概にハラスメントを気にしたわけでもないだろうが、学生と「距離」が縮まることを警戒しているのだ。
ただ手続きの関係で大学事務室に報告したら「ふつうは学生と同じところに泊まりますよ」と言われたとか。
なんでもかんでもハラスメントと言われかねない状況下では、「まとも」な人ほど、距離をとって警戒するようになるだろう。毒蛇のいない地域で毒蛇を警戒するように。

