シラフより泥酔している姿の方がまだマシ
衆議院議長や通商産業大臣(現経済産業大臣)を歴任した田村元の宮澤評には頷かされる。「酒を飲んだときの宮澤なら10年早く政権を取れていた」。
頭が良すぎるが故に人を逃し、人望がなかったわけだから、何も気にせず、ナベちゃん、ナベちゃんといい、ぐでんぐでんになりながらも夜回りを受けていたら人生は変わったのかもしれない。
それにしても、泥酔してぐでんぐでんの姿の方がシラフよりも良いと判断される人生もつらい。宮澤は典型的な官僚で「頭が切れ、アイデアを思いつくが決断できない」タイプだったとの指摘は多い。
例えば公的資金注入による不良債権処理も思いついていたが、それを実行したのは宮澤退陣から8年後に首相になる小泉純一郎だ。
宮澤は1993(平成5)年の衆院選挙で敗北、自民党長期支配38年、及び55年体制の最後の首相となった。
ビジネスパーソンへの逆説的教訓
宮澤喜一の事例から、我々が学ぶべき教訓は実に逆説的である。
1 「シラフでも酔ってもダメ」という新たな地平
従来、我々は「酒で失敗する」か「酒を飲まずに成功する」という二元論で考えがちだった。しかし宮澤は「シラフでは毒舌で嫌われ、酔えば酒乱で嫌われる」という第三の道を切り開いた。
これは「どうあがいても人望は得られない」という諦めの境地に達することで、かえって自分の能力だけで勝負しなければならない覚悟を持つという、なんとも救いようのない、それでいて妙に清々しい境地ではないか。
2 「ナベちゃん」の可能性
渡邉恒雄を「ナベちゃん」と呼ぶ泥酔宮澤。実は、この状態こそが最も人間味があったのかもしれない。
田村元の「酒を飲んだときの宮澤なら10年早く政権を取れていた」という評価は、「ぐでんぐでんの方がまだマシ」という究極の皮肉だが、裏を返せば「優秀でも嫌な奴より、ダメダメな奴の方が愛される」という真理を示している。
3 「電話に出ない」という消極的解決策の有効性
宮澤は実践できなかったが「酔ったら電話に出ない」という戦略。これは問題を解決するのではなく、問題から逃げるという、実に日本的な処世術である。
現代なら「既読スルー」「オフライン表示」など、テクノロジーを駆使した逃走が可能だ。わかっているリスクは極力遠ざけるべきだ。
4 家族は最後の砦
娘に水をかけられるというのは、ある意味で幸せかもしれない。少なくとも家族は最後まで向き合ってくれた(水をかけるという物理的手段ではあるが)。現代のビジネスパーソンも、最悪の事態には家族が冷水を浴びせてくれることを期待するしかない。

