現代なら口コミやSNSで告発されるレベル

奇妙な習慣を命じておいて、八雲の言動がキツすぎる。現代ならば、書生が「やってられるか」と出ていって、口コミやらSNSやらに「小泉家の奇習に呆れた」とか告発を書かれそうだ。八雲も八雲で、賛美歌が嫌いなのはまだしも、まだ10代の少年が覚えたてのフランス語とかで歌ってたのだから、もう少し褒めるとかできないのか。このあたり、良くも悪くも空気が読めない八雲の性格がよく出ている。

そして、こうした他人の恥まで喜々として回想に書いてしまう一雄も、どこか世間とずれている。なにせ、自分が子供の頃世話になった使用人なのに、ここまで書くか? という記述がやたらと多いのだ。新美の従妹で3年ほどいたお常という女中のことはこう書いている。

すこぶる醜婦でしたが私等兄弟にはいつも優しく、正直者で涙脆い女でした。父は御常のことを「鬼瓦のような女」と申していました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)

親子そろって酷すぎる‼ 引用なのでそのまま書いたが、今どき原稿で「醜婦」なんて書いたら大問題である。八雲のどういう教育の結果なのだろうか。こういう、世間を気にせず人を罵倒するような表現を一雄はあちこちで使っている。それでも、不思議と気にならないのはホントに悪意がないからではないだろうか。

小泉八雲とセツの長男「一雄」の写真
小泉八雲とセツの長男「一雄」の写真(写真=Lafcadio Hearn, by Nina H. Kennard/PD US/Wikimedia Commons

絶えない“金目当て”の人たち

それに、一雄がちょっと人をシニカルに見てしまうのには理由がある。なにせ、八雲は帰化した元イギリス人で、東京帝国大学で月に400円ももらっている。こうなると、金持ちとみて、甘い汁を吸おうと寄ってくる者も絶えないのだ。

一雄は、そんな人々のこともよく記憶している。あるときは、入院した時に面倒を見てくれた看護師が、一雄が八雲と一緒に洋行する時には私も女中にして連れて行ってほしいと懇願してきて、話を聞いた八雲を激怒させたことを記している。

さらにひどいのは、八雲がいつも使っていた人力車の車夫の柳田という男である。これは、八雲が最初に使っていた中村という年寄りの車夫の推薦で出入りするようになったのだが「余りに我利で蔭日向がすこぶる多く、中村に比して人物の劣ること数段」という信用のおけない人物であったという。

その小悪党ぶりが発揮されたのは、八雲が死んだ時のことである。これを聞いた中村は、すぐに駆けつけてきて葬儀の準備を熱心に務めてくれたという。対して柳田は、葬儀の日になり酒の匂いをさせながらやってきた。そして、一雄に人力車(注:八雲は人力車は自前で持っていた)がいらなくなったのなら譲ってくれるようにセツに頼んでくれといったという。