NHK「ばけばけ」は、ヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の一家が東京で生活する様子を描いている。作中ではあっという間に駆け抜けているが、実際はどのような生活を送っていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。
塩見縄手にあるラフカディオ・ハーンの胸像
塩見縄手にあるラフカディオ・ハーンの胸像(写真=G41rn8/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

結婚生活の半分以上が「東京暮らし」だが…

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」もいよいよ残すところ、あとわずか。トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の幸せな夫婦の物語はどう最後を迎えるのか。

ドラマでは、昨年末に結婚を決めたトキとヘブン。年が明けてから2月に入り熊本へ、そして東京へと慌ただしく動いている。トキを中心に松江での物語に重点が置かれたためだが、実のところモデルである小泉八雲とセツの生活は東京に来てからのほうが長い。

1891年に結婚した二人は、その年の11月には熊本へ。ここで長男の一雄が誕生、さらに1894年に神戸へ転居、1896年に東京へ移っている。

その後は、ずっと東京暮らし、間に次男の巌、三男の清、長女の寿々子と家族も増えている。都合13年あまりの結婚生活のうち東京暮らしは約8年と長いのに、ドラマ中では1週間ちょっと。

これは、もったいない。ぜひともドラマ人気の余勢を駆って特別篇を製作してほしいものだ。

さて、東京に移った時には、長男の一雄は3歳になる頃。八雲が死去したのは11歳ごろ。それもあってか、ほかの兄弟よりも八雲に対する記憶は濃い。そして、文才もあった一雄は、八雲もしのぐシニカルな筆致で、当時のことを記録している。

長男が明かした食後の“奇習”

中でも、一雄が雄弁に語るのは子供の目から見た家族の生活だ。

そもそも、東京での生活は賑やかだ。セツの養父母である稲垣金十郎とトミは東京でも同居生活を送っている。金十郎は筆跡が心もとないセツの代筆をしたり子供たちの遊び相手にと、よいおじいちゃんぶりを発揮し、1900年に富久町の八雲宅で亡くなっている。トミのほうは、その後も小泉家の家事や女中の采配を振るい、八雲の終の棲家となった西大久保でも同居している。

これに加えて、小泉家には女中のみならず書生も同居していた。ハーンも月に400円の俸給をもらい東京帝国大学で英語を教える知識人である。だから、女中のほかにも書生をおいて、使いをさせたり、大学に出向く際にお供をさせるのは当たり前のことだった。

そんな賑やかな小泉家を一段と賑やかにさせていたのは、八雲の提案した奇習であった。その奇習とは、食後の運動である。一雄によれば、その内容は次のようなものだ。

夕食後、すぐに寝に就くのは衛生上宜しくないとの父の意見から、ほとんど毎夕、食後には食堂兼子供室に充られていた階下十二畳で、我々子供等を初め書生さん達も女中達も諸共に唱歌や軍歌を謡いながら、四角な大卓の周囲を1時間ばかり、グルグルと腹ごなしに巡るのが例になっていました。偶には父や母も仲間入りすることがありました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)