歌声にあわせて、部屋を1時間歩き続ける

食後の運動というがストレッチとかではなく、歩くだけ。それも1時間も。12畳間で大卓すなわち大きめのテーブルの周囲を、大人も子供もずっと歩いているというのはなかなかシュールな光景だ、しかも歌付きである。

一雄によれば、歌はいつも、上手な書生の玉木光栄が歌っていたという。この人はセツの従姉の子供で13歳から18歳までを「食客」として過ごしていたという。第一高等中学校から、農業大学(注:帝国大学農科大学、現在の東京大学農学部)に進んだというから、なかなかの逸材……当時でいえばけっこうなエリートである。

そんな青年の歌声に合わせて、子供や女中、書生が1時間も部屋の中を歩き続けるのだ。とても食後の軽い運動とは思えない。

そして、歌われていたものとして一雄の記録からは「君が代」「霞か雲か」「汽笛一声」などが挙げられている。君が代は今も歌われる日本の国歌、霞か雲かはドイツ民謡をもとにした当時の唱歌の一つ。汽笛一声は、汽笛一声新橋を〜から始まる鉄道唱歌のことであろう。

鉄道唱歌はまだしも、君が代を歌いながら調子をあわせて歩くとはどういうことか。この原稿を書きながら、試しにやってみたが、どうやっても歩けなかった。

ラフカディオ・ハーン
ラフカディオ・ハーン(写真=ELIZABETH BISLAND『The life and letters of Lafcadio Hearn』より/Files from Flickr's 'The Commons'/Wikimedia Commons

八雲の“手厳しいダメ出し”

そして、そんな奇妙な運動を自分がやらせておきながら、八雲は手厳しいダメ出しをする。新美という書生は、いつもリズム感がなかったようで大変な目に遭っている。一雄によれば、こういうことらしい。

(新美さんは)しばしば頓狂な声を発してはこのオーケストラのせっかくの整調を攪乱してしまうのでした。余りの殺風景に堪りかねて父が折々「新美さん、も少し声遠慮しまショ」などと注意することもありました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)

さらには、歌のうまい玉木にもダメ出しが飛ぶ。

一度は余りに図に乗って賛美歌を歌って、父から、私の家でそうした歌だけは歌ってくれるな、説明し難い一種の不愉快を覚えさせられるからと申されたことがありました。いま一度は得意然と「マルセイユ(注:ラ・マルセイエーズと思われる)」を歌ったところが、また父から、そんな壊れた言葉で歌われてはフランス人は皆泣いてしまうよと申され光栄さんは大いにしょげました。
(小泉節子、小泉一雄『小泉八雲』恒文社、1976年)