自信がないからこそ強気を装うしかない
その心理的背景は、2008年の世界金融危機(リーマンショック)まで遡る。当時、アメリカが混乱に陥る中で、中国はいち早く大規模な財政出動で経済を回復させた。この成功体験が、中国のエリート層に「アメリカは衰退し、中国こそが歴史の正解である」と刷り込み続けている。
もちろん、事実ではない。その後の世界を見れば、AI、半導体、量子技術、金融市場のすべてにおいて、アメリカの技術力や金融力は依然として圧倒的だ。中国の「自信」は客観的なデータに基づいておらず、心理的な未成熟な子どもの「根拠のない自信」に近い。
現在の中国は、巨大な国力と深刻な構造問題を同時に抱えているが、このような国家には「強さと不安が同時に存在する」という特徴がある。歴史的に見ると、このような状況にある国家は外交が強硬になりやすい。
自信があるから強気になるのではなく、将来への不安を打ち消したいがために、強気のポーズを崩せなくなっている。
ナルシスト国家が世界大戦を招いた過去
国際政治には一つの法則がある。自国の実力を過大評価する国家ほど危険である、というものだ。
第一次世界大戦前のドイツ帝国がその典型例である。ドイツは急速な工業化によって欧州一の強国となったが、同時に自らの国力を過信し、国際秩序を誤認した。その「自信を持ちすぎた大国」が、結果として世界を破滅へと引きずり込んだ。
現在の中国にも、同じ危険が見え始めている。中国はいま、自国の実力以上に世界を動かせると信じ、自らを「うぬぼれた実力者」として振る舞わせている。
問題は、中国が本当に強いかどうかではない。中国自身が、自分を「アメリカを屈服させた覇者」と定義してしまったこと自体が、最大の不安定要素なのである。
「アメリカを譲歩させた」という北京の錯覚が続く限り、彼らの要求はさらにエスカレートし、対立の閾値は下がり続けるだろう。大国の誤算ほど、国際秩序を不安定にするものはない。
私たちは、中国の軍事力や経済力といった目に見える数字だけに注目してはならない。むしろ「中国が自分たちをどう評価しているか」という主観的な認知のズレを注視すべきである。
現在の中国は、いわば「焦燥感に裏打ちされたうぬぼれ」の中にいる。この極めて扱いにくく、予断を許さない隣人と対峙し続けるためには、私たちもまた、甘い雪解けムードを排した、冷徹なリアリズムの目を常に持つ必要がある。

