クレーマーが「ありがとう」と言ったワケ

その言葉を受けた瞬間、お客様の表情がふっとゆるみました。張りつめていた空気がほどけ、「いや、そこまでのことじゃないから」と、少し照れたように話し始められたのです。つい先ほどまで、強い口調で感情をぶつけていた方とは、まるで別人のようでした。

先輩はその後も、言葉をさえぎることなく、静かに耳を傾け続けます。必要なことには丁寧にお詫びをしながら、最後まで寄り添う姿勢を崩しませんでした。

やがて、お客様はすべてを話し終えたあと、ふっと力を抜いたように、こう言われました

「ありがとう」

あれほど強く張りつめていた感情が、言葉ごとやわらぐ瞬間。それは、対応のうまさというよりも、「受け止めてもらえた」という安心から生まれたものだったのだと思います。

クレーム対応は、言葉の巧みさだけで成り立つものではありません。どのような姿勢で向き合っているか——その在り方は、想像以上に相手に伝わるものです。

飛行機の機内で飲み物を提供する客室乗務員
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「分かってほしい」気持ちを受け止める

クレーム対応で、最も大切なことは何か。それは、最後まで話を聞くことです。人は、話している途中で遮られた瞬間に、「まだ伝わっていない」と感じます。

怒りの奥には、必ず理由があります。不安や不満、あるいは「分かってほしい」という思いが、形を変えて表に出ているのです。だからこそ、まずは途中で遮らず、否定せず、その人の言葉を最後まで受け止めること。

香山万由理『気づかいの神さま』(PHP研究所)
香山万由理『気づかいの神さま』(PHP研究所)

ときには、同じ話を何度も繰り返されることもあります。けれど、その一つひとつが、その人にとってはまだ終わっていない感情です。それを受け止めきったとき、人の中に、ふっと力が抜ける瞬間が訪れます。そのタイミングで初めて、提案や解決策は意味を持ちます。

クレーム対応とは、問題を処理することではありません。目の前の人の感情と向き合い、関係を整えていくことです。

そしてそれは、特別な場面だけの話ではありません。日常の会話の中でも、相手の話を最後まで聞けているか。途中で自分の正しさを優先していないか。

人は、「大切に扱われた」と感じたとき、心を開きます。その場の言葉ではなく、日々どのように向き合っているか。その積み重ねが、相手の中に静かに残り、やがて、思いがけない場面で返ってくるものです。

(構成=力武亜矢)
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