“国の宝”ゴリラを、日本とルワンダの人に届けたい

2011年からはルワンダと日本を行き来しながら撮影を続けました。2024年に帰国するまで、13年間にわたってゴリラたちを追い続けました。

さきほどもお伝えした通り、ゴリラを撮影するには高額な費用がかかります。そのため、テレビ局や制作会社のような撮影体制ではなく、私のように現地に個人で滞在して長期間にわたって撮影を続けたドキュメンタリー作家は世界中でひとりもいません。そうした状況から考えれば、私は「世界でもっとも長期間にわたってゴリラを撮影した映像作家」だといえます。

さて、ルワンダでは、その年に生まれたゴリラの赤ちゃんに名前を付ける「クウィタ・イジナ(Kwita Izina)」という盛大な命名式が毎年行われています。大統領が出席し、世界中からゲストが招かれるこの国家的行事は、ゴリラがいかにルワンダにとって象徴的で、大切な存在であるかを物語っています。中国におけるパンダのような特別な存在なのです。

2014年のクウィタ・イジナで、ゴリラの赤ちゃんの命名に参加する筆者
photo by Jordi Galbany Casals
2014年のクウィタ・イジナで、ゴリラの赤ちゃんの命名に参加する筆者

しかし、それほど大切にされているにもかかわらず、現地ではゴリラの映像が十分に活用されていません。編集機材も技術者も不足しているため、観光客向けのビジターセンターで流れているのは、私がNHKで制作した日本語の番組や、欧米のテレビ局が作った英語の番組ばかりです。ルワンダの人々が、自分たちの国の宝であるゴリラの姿を、母国語で、自分たちの視点で語られた映像として見る機会はほとんどないのです。

私の手元には、長年撮りためた膨大な「素材」があり、権利も半分は私が持っています。これからは日本でこの映像を編集し、作品として仕上げていくのが私の仕事です。日本の人々にゴリラの知られざる生態を伝えることはもちろん、ルワンダ語版の映像も制作して現地に届けたいのです。

「私たちの国にはこんなに素晴らしい動物がいるんだ」と胸を張ってもらいたいのです。それが、命がけで撮影を許してくれたゴリラたち、そして私を受け入れてくれたルワンダへの恩返しだと思っています。

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