「目を逸らすな」ゴリラが撮影を許した瞬間

ジャングルの藪をかき分けて進むと、少し開けた場所に1頭のシルバーバック(成熟したオスゴリラ)が座っていました。彼は腕組みをするようなポーズで、じっとこちらを見ています。想像以上に大きなゴリラを目の前にして、私は背筋が凍るような思いでした。

すると、「目を逸らすな。見つめ返せ」。山極先生が小声で私に指示しました。通常、サルの仲間は目を合わせると「威嚇された」と受け取ります。しかし、ゴリラは違います。目を合わせることでコミュニケーションを取る動物なのです。

カメラを持つ筆者を見つめたシルバーバック
photo by Keiko MORI
カメラを持つ筆者を見つめたシルバーバック。コンゴ民主共和国・カフジ=ビエガ国立公園にて

私は心の中で「私はあなたの敵じゃない。あなたたちを守るためにきたのよ」と念じながら、彼の瞳を見つめ返しました。すると、彼は「ン゙ン゙ン゙ ~」と低く唸り声を上げました。これはゴリラの挨拶であり、「承認」の合図です。

その瞬間、ゴリラの背後から、子ゴリラたちがワラワラと顔を出しました。彼が群れ全体に「安全だ」と伝えてくれたのでしょう。そこからゴリラはリラックスした様子になり、私たちへの警戒心も徐々になくなっていったのです。

緊張の糸が切れたとき、山極先生は私にポツリとこう言いました。

「このロケはもう成功したのも同然だよ」

1日750万円の撮影料を0円にした交渉術

コンゴでの撮影を成功させてからも自然系ドキュメンタリーの制作を続けていき、2011年からは拠点を隣国のルワンダに移しました。

短期のロケではなく、長期的に滞在してゴリラの姿を追い続けるため、ルワンダのヴォルカン国立公園の近くに一軒家を借り、本格的な撮影とそのための交渉を始めたのです。

しかし、そこで大きな壁にぶつかりました。ゴリラの撮影には莫大な費用がかかるのです。特にルワンダでは、国に納める「撮影料」がいま現在でひとりあたり1時間で1500ドル(2月10日現在の為替レートで約23万円)と高額です。

筆者の撮影に協力してくれる現地のトラッカーたち
© Keiko MORI & Rwanda Development Board
筆者の撮影に協力してくれる現地のトラッカーたち

通常、観光客は1時間だけの滞在ですが、撮影隊は平均で4時間ほど滞在し、貸し切りで撮影するため必ず8人分の枠を押さえる必要があります。すると、ひとり1時間で1500ドル×8人×4時間で計算すると1日で約750万円近くかかることになります。

私が初めてルワンダの国立公園で撮影した2008年は、1ドル80円前後と現在と比べてかなり円高でした。当時は、1日に1時間の撮影しか許されず、1日の撮影料は約38万円でした。NHKが製作している番組で撮影に入っていたので、3週間で約800万円を支払いましたが、個人の予算で毎日約38万円を支払って撮影し続けるのは不可能です。

そこで私は、ルワンダの観光庁長官に直談判しました。「あなたたちはゴリラで外貨を稼いでいるけれど、自分たちで撮影した映像の著作権をワンカットも持っていないでしょう?」。海外のテレビ局が撮った映像は、すべてその局のものです。ルワンダには何も残りません。

私は提案しました。「私が撮影した映像の著作権を半分、ルワンダにあげる。その代わり、私をタダで撮影に入れてほしい」。この交渉が成立し、私は現地のトラッカー(追跡ガイド)たちと同じトラックの荷台に乗せてもらい、毎日無料で国立公園に通えるようになったのです。