東京で初めて一軒家を買う

松江から東京に移るまで、ヘルン夫妻は、自分の家を持たなかった。ある時は下宿をしたり、ある時は間借りをしたり、ある時は借家をしたりして、常に住居を転々としていた。しかし東京へ移ってから、子供が大ぜい生れたりして、家内やうちが狭くなった上に、貯財も少し出来て来たので、夫人のすすめで売家を一軒買うことにした。

『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)
『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)

ある日二人は、例によって睦じく連れそいながら、牛込辺うしごめあたりの売邸を探しに歩いた。すると一軒頃合ころあいの家が見つかった。それは昔の旗本が住んでた屋敷で、大きな武家風の門があり、庭には蓮池などがあった。しかし何となく陰気に薄暗くじめじめして、妙に気味の悪いいやな感じがしたので、夫人が直覚的に反対したにもかかわらず、ヘルンは一見して大いに気に入り、『面白いの家』『面白いの家』と、子供のように嬉しがって、是非それを買おうと言った。

結局それは、夫人の強硬な反対によって中止されたが、後でそれが有名な化物ばけもの屋敷と解った時、夫人がほッと胸を撫でおろしたとは反対に、ヘルンは大変失望して、『ですからなぜ、あの家住みませんでしたか。私あの家、面白いの家と思いました』と幾度も繰返して口惜くやしがった。

日本語はあまり覚えなかった

ヘルンについての一不思議は、あれほど広く多方面の文献にわたって、日本人以上に日本のことを知っていながら、日本語をほとんど知らなかったということである。彼の知ってた日本文字は、片仮名のイロハと僅少きんしょうの漢字にすぎず、彼の語る日本語は、焼津からの手紙にある通り、不思議な文法によって独創された、子供の片言のような日本語である。

後に買った大久保の家に、書斎を新しく建て増しする時、一切の設計や事務を妻に一任して、自分は全く無頓着むとんちゃくで居たが、それでも妻が時々相談を持ちかけると、『もう、あの家よろしいの時、あなた言いましょう。今日パパさん、大久保にお出で下され。私この家に、朝さよならします。と大学に参る。よろしいの時、大久保に参ります。あの新しい家に。ただこれだけです』とわずらわしそうに言った。

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