若い人、年配の人の「後悔」の違い

後悔は先にはできず、後からしかできません。ここから「後悔先に立たず」という言葉が生まれました。これは、「事が終わってから悔やんでも取り返しがつかないため、何かをする前には十分に考えなさい」という教訓です。

友人の禅僧が、座禅に訪れた外国人から「私たちが後悔するのは、やってしまったことですか、それともやらなかったことですか」と問われた際、次のように即答したそうです。

「後悔の本質は、やったことや、やらなかったことにはありません。後悔の本質は、やった時、やらなかった時に、心の底からそう思ったかどうかなのです」

本質をズバリと突く、禅僧らしい答えだと感動しました。

感動とは、“感じて動く”こと。つまり、感じた人がその影響を受けて具体的な行動をすることに他なりません。禅僧の言葉に感銘を受けた私は、周囲の人に後悔について尋ねてみました。

その結果わかったのは、若い人は「やらなければ良かったのにやってしまった」ことを後悔する傾向があるということ。これらは、経験不足や思慮不足から来る、いわゆる“若気の至り”による後悔です。

一方で年配の人は、「やれば良かったのにやらなかった」ことを後悔しているケースが多いようでした。やりたくても、気力がつづかず、体力もついていかないと言い訳をしてしまうのです。

夜にソファで休むシニア女性
写真=iStock.com/kumikomini
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 “後悔の黒色”が薄まるどころか“漂白”も

いずれにしろ、済んでしまった過去は変えられません。ただそれがわかっていても、時に触れ、「あの時こうしていれば……」と悔やんでしまう人は少なくありません。かくいう私もそうでした。

そんな私は、「過去の事実は変えられないが、解釈を変えることはできる」という視点から、過去を捉え直すことにしました。

すると、心の中の黒いシミのようになっていた“後悔の黒色”が薄まったのです。中には、きれいに“漂白”された後悔もあります。それだけでなく、それ以後、やらなかったことに関して「あの時こうしていれば……」と後悔することはほとんどなくなりました。

やり方はシンプルです。

まず、「やる・やらない」を決めた当時の自分の状況と周囲の状況をそれぞれ思い出し、分析します。

「やってしまったこと」を後悔している場合、当時の自分は「経験不足だった」「思慮不足だった」「世の中を甘く見ていた」「過信していた」といった分析ができるかもしれません。

周囲の状況としては、「いい機会だからやってみるといい」と助言されたり、「君ならできる」と励まされたり、「やって後悔するか、やらないで後悔するかどっちだ」と諭されたりしたことがあげられます。