前に進めない時は“二者択一”にまで絞り込む
これに対して“考える”とは、何のために、何をしたくて考えているのかというゴールを明確にし、そこに至る道筋を順序立てて組み立てていく行為を指します。ゴールにたどり着いたら、後ろは振り返らずに前へ進むのが特徴です。
たとえば、急に自己紹介を求められた際、「えっ、どうしよう。何を言えばいいのだろう」とオロオロする代わりに、まず頭の中で自分に関する情報をリストアップします。
名前の文字、生年月日、きょうだい、出身校、仕事の履歴、座右の銘、趣味、マイブーム、将来の夢など。その中から、その場に必要ない、そぐわないと思われるものを除外し、残ったものだけを手短に話すように“考える”のです。
私は迷ったり、考えすぎたりして前に進めない時は、どうにかして“二者択一”にまで絞り込むことにしています。
そこまで絞り込めば、ゴールにたどり着くのはそれほど難しくないことを経験で知っているからです。
二者択一にしたら、「こちらを取ればああなるかもしれない、あちらを取ればこうなるかもしれない」とシミュレーションします。
たとえば、休日を家で過ごせば身体が休まるが刺激的なことは起こらない。出かければ心の栄養にはなるが肉体的に疲れる。安定を取れば冒険はできない。冒険すれば生活は不安定になる、といった具合です。
このように、二者択一はどちらを選択してもメリットとデメリットがあります。
最後は“偶然の采配”に委ねてみる
だからこそ悩むのですが、そこまで絞り込んだら、どちらかに決めて、それを「正解」として進めばいい。否、進むしかないと覚悟するのです。
悩みぐせのある人は(じつは悩むのが好きなのかもしれませんが)、二者択一にしても「でもなぁ」と決められません。自らの決断力のなさに、私自身、手を焼いていました。
そして、ついにある日、「自分で決められないのだから、自分の意志が及ばない“偶然”に決めてもらおう」と決めました。
たとえば、手近な本を適当に開いて、そのページの最初の文字が漢字ならA、平仮名ならBとする。あるいは、サイコロを振って偶数ならA、奇数ならB、といった具合です。
こうして、私は二者択一まで絞り込んだら、残りは“偶然の采配”に任せることにしたのです。
この方法を取り入れてから、後ろ髪を引かれるような状況に陥ることはなくなりました。
元より、私は坊主頭なので引かれる後ろ髪がありませんが、この方法で選んだ結果に進んで取り返しがつかない事態になったことは、これまで一度もありません。

