“戦勝国”が悩む歴史認識問題

――敗戦国・日本からすると、戦勝国として戦後秩序を形成する側にいた米中露が不満や反発を持つのはわがままにも思えてしまうのですが。

【細谷】なぜ米中露のような戦勝国だった国々から不満が噴出するのか。『戦後日本の歴史認識』(東京大学出版会)の序章の中で、五百旗頭薫東京大学教授が、戦前の日本の勝者としての歴史認識問題の難しさを、的確に論じています。そして、「不満足な勝者」により「勝者の歴史認識が東アジアの国際政治を規定しているということなのかもしれない」と重要な指摘を行っています。

1945年2月9日、ヤルタ会談でのチャーチル、ルーズベルト、スターリン
1945年2月9日、ヤルタ会談でのチャーチル、ルーズベルト、スターリン(写真=英国立公文書館/PD US Army/Wikimedia Commons

戦勝国は相応のコストや犠牲を払って戦争での勝利を勝ち得た以上、相応の対価を得てしかるべきだという国内からの突き上げ、ナショナリズムを抱えることになります。日露戦争後の日本で、日比谷焼き討ち事件が起きたのもそれが理由でした。

敗戦国も大きな犠牲を払っていますが、「なぜ負けたのか」を考え自らのナショナリズムを相対化し、客観化します。しかし戦勝国はそうではありません。米中露は第二次世界大戦に多大なコストをかけて勝ったのだから、相応の対価を得なければならないという意識を強く持っています。その驕りとも言うべき姿勢が、攻撃的な姿勢に転換していく。これが今の世界の問題の根源なのではないでしょうか。

特にロシアの場合は複雑です。第二次世界大戦でソ連は、2000万人以上の犠牲を払って勝利した。その対価として得たものが、ソ連帝国だったわけです。ところが冷戦によってソ連は崩壊した。犠牲を払って得た帝国を、愚かな西側主義者のゴルバチョフのせいで、アメリカの陰謀などによって帝国を切り取られてしまった。「我々はそれを取り戻す権利がある」というのが、プーチンの歴史認識に基づいた主張です。

抗日戦争記念館の展示でわかる中国の変化

――中国も「奪われたものを取り返す権利がある」という考えですよね。

【細谷】面白いのは、北京の東側にある抗日戦争記念館の展示です。頻繁に展示内容を入れ替えていますが、以前は南京大虐殺のように、いかに中国人民が日本の帝国主義の被害に遭ったかを強調していたのですが、10年ほど前からは「我々は対ファシズム戦争であった第二次世界大戦で多大な犠牲を払った戦勝国である」からこそ、したがって、「1943年のカイロ宣言に沿って、戦後秩序において恣意的な役割を担う権利がある」という認識に変化しています。「弱い中国」から、「強い中国」への歴史的イメージの転換を図っているのです。

2005年8月20日、中国人民抗日戦争紀念館
2005年8月20日、中国人民抗日戦争紀念館(写真=Fanghong/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

ただ、そこには当然疑問が生じますよね。そもそも抗日戦争に勝ったのは国民党であって、共産党ではない、と。

この点について現在の中国政府は、「共産党と国民党が協力したからこそ戦争に勝利した」というナラティブを拡散し、「だから共産党と国民党は協力状態になければならず、分裂すると中国は弱体化する」、さらには「かつて国民党の中で日本と結託して共産党に対抗する勢力もあった」と批判を行っています。そして、その構図に基づいて、日本の台湾への関与を、軍国主義を持ち出して批判しているのです。日本の軍国主義批判という歴史認識が先に来るのではなく、台湾の日本への接近を阻止するという政治目的が先に来る。