国家間で相互不信が起きる原因
――高市首相の「存立危機事態発言」を、中国側が「軍国主義の復活」と批判している理由がよく分かりました。
【細谷】そういうわけですから、日本がいくら「軍国主義の復活などしていない」と反論してもあまり意味がありません。そんなことは中国も十分承知のうえで言っているのです。
特に、2025年は戦争終結から80年の節目でしたから、そのような発想がより噴出しやすい状況でした。これはいわば戦勝国の呪縛であり、特に中露は自分たちの力では解決できない国際問題、国内問題がある中、歴史認識問題を利用して、自らの統治のために利用しているのです。
――『危機の三十年』では、特にロシアと欧米の関係から現在に至る道を詳細に分析しています。
【細谷】国家間で相互不信が起きる原因の一つとして、各々の持っている世界観の違いがあげられます。これは実は国際政治の本質でもあって、それぞれの国がどのように世界をみているか、どのようなことに価値を置いているかは、主権国家ごとに異なることが現実なんですね。
世界観の分裂→外交の衰退→戦争へ
【細谷】例えば日本のリベラル派の一部の人たちからすれば、安倍晋三首相は、独裁的で復古的な右派であり、その政策によって世界の平和を破壊し、日本を戦争に駆り立てる存在だと見ていたでしょう。
ところがアメリカの国際政治学者で民主党政権のブレーンを務め、プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、第一次トランプ政権発足後の2017年、『フォーリンアフェアーズ』誌への寄稿論文で、現在のリベラルな国際秩序を守れるかどうかは、「日本の安倍晋三とドイツのアンゲラ・メルケルの両肩にかかっている」と、リベラリズムを擁護する守護者であるかのように書いています。
同じ人物でも、見る人によってこれほど対照的に評価が分かれてしまう。こうした世界観の分裂が起きている状態は、非常に危険です。
分裂が起きているのが利益の相違であれば、そこに調整の可能性が生まれます。しかし正義や価値観を含む世界観の相違となると、調整は不可能です。この世界観の違いが顕在化し、それぞれの正義感を前面に押し出して衝突するようになると、戦争に至る可能性が高まるのです。
なぜかと言えば、こうした状況では外交の衰退が起きるからです。外交官とは、それぞれの任国の国家利益を背負いながらも、自国とは異なる価値観を持つ国や、国際社会との間で、利害を調整する役割を担っています。ところが彼らのような国際主義者たちが、国内のナショナリストからは裏切り者扱いされかねないのです。

