イランとのつながりを導いた“縁”

オバマが少年期をインドネシアで過ごした事実は広く知られている。帰国した際にはイスラム文化圏からアメリカの文化に溶け込むのに苦労したであろう。インドネシアの文化は、直接の対決や摩擦を嫌う思いやりの文化である。逆にアメリカの文化はストレートに意見をぶつけあう。

オバマ少年は、二つの文化のはざまで苦労したのではないだろうか。

第44代アメリカ合衆国大統領を務めたバラク・オバマ(2012年撮影)
第44代アメリカ合衆国大統領を務めたバラク・オバマ(2012年撮影)(写真=ホワイトハウス/Pete Souza/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons

ジャレットも同じように親の仕事の関係でイラン南部の古都シーラーズで生まれ育っている。シーラーズは、古代アケメネス朝ペルシア帝国の首都ペルセポリスに近い。

イランの文化も、変化球の文化である。言葉に微妙なニュアンスを込めてコミュニケーションが行われる。ジャレットも、アメリカとイランという二つの文化の境界領域の住人だった。

なおジャレットの父親は優秀な医師だったが、アフリカ系だったので、当時のアメリカでは思うような職を得られずイランで働いた。

こうして見ると国務長官の娘婿はイラン系のアメリカ人であり大統領の補佐官の一人はイラン生まれであった。日本風に言えば不思議な縁である。

イランに対する敵意の広がるアメリカ社会では例外的に、オバマ政権内部にはイランに親和的な心象風景が広がっていたのではないかと想像させる。

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