オバマ政権のイランとの接点

さて、この核合意を成立させたオバマ政権の交渉チームとイラン側との個人的な接点を紹介しよう。

まず核問題という高度に技術的な分野なので、エネルギー庁長官のアーネスト・モニーズがアメリカの交渉団に加わった。モニーズはスタンフォード大学から核物理学で博士号を取得し長らくマサチューセッツ工科大学で教員を務めていた。

同じようにイランの交渉団にも原子力問題の専門家がいた。アリーアクバル・サーレヒであった。イランの原子力機関の長官であるサーレヒは、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得している。マサチューセッツ工科大学に縁の深い二人が、イランとアメリカの核交渉のテクニカルな面を担った。

個人的なつながりと言えば、アメリカ交渉団の長であったケリー国務長官も、イランと接点がある。というのは、ケリーの娘で医師のヴァネッサの夫がブライアン・ナーヘッドというイラン系の医師だからだ。ナーヘッドの両親はイラン生まれでアメリカに移民している。つまりケリーの娘婿むすめむこはイラン移民の二世である。

そして最後にオバマ大統領自身の周辺にイランとかかわりの深い人物がいた。ヴァレリー・ジャレットという補佐官である。オバマに最も近い、つまり大統領に一番影響力のある補佐官の一人とされていた人物である。オバマとジャレットの縁は二人のシカゴ時代にさかのぼる。

2021年よりオバマ財団のCEOを務めるヴァレリー・ジャレット(2009年撮影)
2021年よりオバマ財団のCEOを務めるヴァレリー・ジャレット(2009年撮影)(写真=ホワイトハウス/Joyce Boghosian/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons

オバマを政界に導いたジャレット

ジャレットはシカゴ市役所の幹部職員だった。ある時シカゴ市が新しい弁護士を採用した。その担当がジャレットであった。ジャレットのもとに面接に現れた弁護士の一人がミシェル・ロビンソンというハーバード大学のロースクール(法科大学院)の出身者だった。

ジャレットは、この弁護士が気に入り採用を決めた。そして二人で夕食を共にすることにした。その会食にミシェルがシカゴ大学で法律を教えている背の高い婚約者を連れてきた。それがバラク・フセイン・オバマだった。

高橋和夫『イランとアメリカ、そしてイスラエル 「ガザ以後」の中東』(朝日新書)
高橋和夫『イランとアメリカ、そしてイスラエル 「ガザ以後」の中東』(朝日新書)

オバマとジャレットは、馬が合ったようで、すぐに打ち解けた関係になる。やがてバラク・オバマとミシェル・ロビンソンが結婚する。

このジャレットはオバマをシカゴ政界に導くこととなる。オバマが政治家への道を歩き始めた頃からジャレットはオバマを支えてきた。そしてオバマが大統領を務めた二期八年の間、ジャレットは影のように補佐官として寄り添った。

政治家というのは大変に多忙な職業のようだが、その面倒を見る補佐官というのは、さらに負担の重い仕事である。通常は大統領の補佐官は一期しか務めないのだが、ジャレットは例外だった。それだけオバマは、この人物を必要としたのだろう。ジャレットは、オバマ夫妻に一番近い人物として知られていた。

二人の波長が合ったのは、なぜだろうか。それは、二人が同じような経験を共有していたからではないだろうか。二人は長い時間をイスラム文化の中で過ごしている。