ふっと死にたくなる
それから7カ月経った2024年の6月。主治医から就業開始許可が得られたことで、失業保険がおりることになった。そのため、焼場さんは8月から職業訓練を受け始め、9月に生活保護が終了。2025年1月まで職業訓練を受けた後、就労移行支援を受けながら就職活動を行う。
この頃ようやく焼場さんは、大学2年の時に原因不明の不調に襲われたことや、生活保護を受給してもらっていたことを両親に打ち明けた。
「両親はショックだったみたいです。母には『頼ってくれればよかったのに』と。父には『大学入ったら家を出ろとか、就職したら家を出ろなんて言ってない』と言われました。もしかしたら、僕が勝手に思い込んでいただけかもしれません」
しかし就業開始許可は出たものの、焼場さんとしては不安定な状態で、職業訓練に行けない日も少なくなかった。
障害者雇用で4月からIT企業で働き始めたが、すぐに問題が起こる。
「その会社にはすごく配慮していただいてましたし、僕自身、無理をしている感覚はなかったんです。でもある日突然、なぜかはわかりませんが、ふっと死にたくなって、自殺未遂をしてしまいました。死にたくなるきっかけが何なのかわかれば防ぎようがあるのですが、自分的にもわからなくて……」
念のため会社に報告すると、就業時間を8時間から6時間にしてくれた。それでもあまり症状が改善しなかったため、主治医の判断で5月末から11月まで休職が決まる。
休職することになった焼場さんは、6月に実家に戻ることに。だが、11月になっても主治医からの許可が降りなかったため、退職することとなった。今も、親と自宅で暮らしている。
病とともに生きていく
焼場さんは中学3年の時、テレビを見ていたところに母親から「お風呂に入りなさい」と声をかけられただけでカッとなり、家の壁を殴って穴を開けてしまったことがあるという。「なぜそんなことをしたのかわからない。反抗期だったからかもしれない」と言うが、反抗期だからといって、そんな些細なことで家の壁に穴を開けるほどの怒りが湧くだろうか。
両親が共働きで、姉がダウン症だった焼場さんは、「寂しい」「悲しい」「悔しい」などのマイナス感情を押し殺し、「両親に迷惑をかけないように」生きてきた。特に父親とは「意見が合わない」と感じており、「何度かぶつかったこともありますが、長年その考えで生きている人を簡単には変えられない。だったら話し合ってもしかたない」と対話を避けている。
もしかしたら焼場さんは、幼い頃から「よい子でない自分は価値がない」とさえ感じ、自分で自分を追い詰めていたのではないだろうか。
障害を持つ姉を優先する家族たちに囲まれ、「寂しい」「もっと僕を見て」と心の中では叫びながらも、実際に声を上げられず、押し殺してきたその感情は、壁を壊すなどといった「怒り」の形でときどき噴出する。
家族にさえ本音を言えず、本当の自分を誰にも見せないまま成長し、自己肯定感が育まれなかった焼場さんは、他人と衝突せず、流されるように生き、その中で積もり積もったストレスで体がSOSを上げた結果が、双極性障害発症だったのかもしれない。
「双極性障害って脳の神経物質が関連する病気で、脳に異常が出ている状態なので、認知症とも似た症状が出ることがあるそうなんです。治療は薬物療法が中心。主治医には『急がないで』と言われているので、働くことは今のところ考えていません。夜勤のある仕事に就いて、生活リズムが崩れたことが発症のきっかけと言われましたけど、自分が選択したことなので、受け入れるしかないと思っています」
振り返れば、焼場さんがうつ状態に陥っているときにNPO職員を頼り、生活保護に繋がったことが病気に気づくきっかけになった。
「生活保護がなかったら、一番しんどい状況で、親にこれまでの経緯を説明しなければなりませんでした。だから、精神的にも生活的にも安定した状態で説明できたのはよかったです。生活保護がなかったら、病状が今よりも深刻な状態になっていたと思います」
これまでは誰にも本音や不安を言えなかった焼場さんだったが、現在は両親や友だちに吐き出せるようになったという。
「悩みや不安は尽きませんが、それを吐き出せるようになったのは大きな変化だと感じます。死にたいときに死にたい気持ちを吐き出すことができるということは、とても大事なことだと思います」
現在焼場さんは、障害年金を受けながら、ZINE(ジン)を作る活動を行っている。ZINEとは、文章やイラスト、写真などで、誰もが自由に作れる本のこと。MAGAZINEのZINEだ。
「僕が今『死にたい人のためのZINE』を作っているのも、死にたい気持ちを吐き出す場所や、それを目にする機会が増えれば、あの時の僕のように『死にたい』なんて思う人を減らせるのではないかと考えたためです」
本連載ではこれまで5人の生活保護経験者の事例を紹介してきたが、焼場さんを含めどの人も生活保護の存在に救われ、一度は詰みかけた人生の「再スタート」が切れた。
「生活保護」は、利用したことがない人にとっては、自分とは無関係の遠い世界のもののように感じられる。筆者も、一度利用したら二度と戻れないのではないかという恐怖を感じていた。しかし実際に利用し、卒業した人は存在する。自分とは無関係の遠い世界のもののように感じるのは、その実態を捉え切れていないからに他ならない。
賃金は上がらず、物価が異常に高騰する昨今、生活が困窮する人の増加が予想される。
生活保護とはどんなものなのか。どんな人が利用し、どんな生活をして、どんな人が卒業し、再び社会に戻っていくのか。
引き続き生活保護の実態を明確にすることで、生活保護に対する批判や恐怖を減らし、救われる人や機会を増やしていきたい。


