朝鮮統一を成し遂げた女帝のその後
善徳の名誉のために言っておくと、彼女はこの提案をどうにか丁重に断り、のちに同盟が結ばれた。そして、その後の数年間で新羅は百済と高句麗の征服に成功し、史上初めて朝鮮半島の統一を成し遂げた(1)。
さらに、善徳はその偉大なリーダーシップで『シヴィライゼーションVI』[ターン制ストラテジーゲーム]参戦という最高の栄誉を獲得した(拡張パックでの配布だが)。これは、太宗でも成し遂げられていない偉業である(2)。
(1) 善徳女王はまた、東アジアで最初の専用の天文台である瞻星(せんせい)台を建設した。これは現在でも残っている。だが、望遠鏡が作られるより1000年前のものなので、天文台の要素といえるのは「外を覗く穴」ぐらいだ。
(2) 新羅では、善徳のあとに2人の女王が誕生した。その後、貴族たちは階級よりも女性を王位に就かせることのほうが問題だと考え、聖骨の要件が変更された。ただし、骨品制のほかの部分は維持された。骨品制は社会のあらゆる階層で欲求不満が高まる原因になった。また、厳格な階層によって国の発展が頭打ちになり、建国から1000年後の王国崩壊につながったと考えられる。統一王国が崩壊した朝鮮半島は、ふたたび3つの王国に分裂した。


