美しすぎた朝鮮半島初の女性国王
きわめて厳格なこの階級制度は、7世紀半ばに聖骨の男子がいなくなったことで問題にぶつかった。王国は女性の支配者を戴く(当時のこの地域では考えられないことだった)か、国王の条件を引き下げるかの選択を迫られた。
彼らは階級よりも性別のほうが問題が少ないと判断し、632年に真平王の娘の善徳が女王に即位した。
善徳女王は「数匹の蛙を見た」ことで敵軍の到来を預言するほど賢かったと言われている。そのうえ、善徳は非常に美しかった。彼女に対して報われない恋心を募らせていたある農民は、女王と謁見したとき、燃え上がった想いゆえに王国の塔を全焼させたという。
社会的な死を迎えたその農民には、同情せざるをえない。
「女を国王にするから不幸になる」
神話はさておき、新羅は643年頃には敵に包囲されていた。当時の朝鮮半島は新羅、百済、高句麗という3つの王国が相争っていた。善徳は唐の皇帝に使者を派遣して、支援を求めた。
だが、皇帝の太宗は次のような善徳を見下した回答をした。
「新羅が不利な立場にいるのも無理はない。男性的な陽の堅硬さと女性的な陰の柔軟さは天が定める原則であり、良識がある人なら誰でも女性が従属的な立場にいることを知っている。ところが、新羅はこの原則に反して女性を国王にしている。これこそが、新羅が大きな不幸に見舞われている原因なのだ」
そのうえで太宗が提案した解決策は、「善徳の代わりに男が国を支配してはどうか」というものだった。


