台湾と中国には、教科書に載らない歴史がある。作家のギデオン・デフォーさんは「独立国家を目指す台湾には、中国の一部でありつづけることを唯一の目標にしていた過去がある」という――。(第1回)

※本稿は、ギデオン・デフォー『新版 世界滅亡国家史』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

台湾の地図
写真=iStock.com/Eivaisla
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130年前の台湾が熱望した「1つの中国」

【台湾民主国】〈1895年5〜10月〉
人口 300万人未満
首都 台北
言語 台湾語、台湾諸語、客家語
通貨 清王朝の貨幣
滅亡原因 無能な総統、日本
現在 現在の台湾(公式には中華人民共和国の一部)

中国のような広大な領土を誇る国であっても、冷静でいられない話題がある。「台湾」はその1つだ。「1つの中国」を主張する中華人民共和国は、台湾と諸外国との関係に神経をとがらせている。

だが皮肉なことに、この章で取り上げる「台湾民主国」(フォルモサ共和国)は、中国の一部でありつづけることを唯一の目標にしていた国だった。これは、この島の現在の政治的な争いとは正反対だ。

「美しい島」から「野蛮人の島」に

「フォルモサ」という名前は16世紀半ばにまで遡る。当時、あるポルトガルの貿易船が台風で進路からそれ、この島の東岸を通り過ぎた。乗組員の1人が、島の光景に感動して「イーリャ・フォルモーザ」(美しい島)と呼び、それが島の名前として定着した。

その後、この島はオランダの植民地になり、次いで清王朝の一部になった。フランス人のジョルジュ・サルマナザールが『台湾誌』(1704年)という島民の奇妙な習慣を紹介する本を出すと、たちまち話題になった。

ロンドンの社交界は、フォルモサの島民は全員が一日中全裸で過ごし、蛇を主食とし、男たちは自分の妻が不貞を働くと妻を食い、司祭たちは毎年1万8000人の少年を生け贄として捧げ、誰もが地下の巨大な円形の家で暮らしている、というショッキングな話を鵜呑みにした。

肝心な点は、サルマナザールの本のありとあらゆる記述がでたらめだったということだ(1)

(1) サルマナザールは初めてイングランドを訪れたときに、同じ手法でアイルランドでのありえない体験を話そうとしたが、アイルランドがどんな場所であるかをかなりの人が知っていたためにうまくいかなかった。おそらく最も印象的なのは、彼がオックスフォード大学で完全に創作の台湾諸語の講義を行ったことだろう。